表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
798/876

交渉と選択

【地下施設周辺】


「…………」


巨腕を組みながら、彼者は瞼を閉じていた。

己の背に埋まるのは一つの扉。鋼鉄の、魔力壁まで張られた基地への入り口。

此所を護るのが己の役割だ。神魄を召喚、収束するが為の装置が備えられたこの場所を守護することが、だ。

護らねばならない。この世を、世界を、神の欠片を。


「……何と」


草々が風に揺れ、蝕陽の光が白雲の狭間より降り注ぐ。

静かな世界だ。静寂の中に流れる沈麗歌は何と美しいことだろう。

神を讃えるように囀り、鳥々は空を駆けていく。白き雲の果てへと、消えていく。


「美しいのだろう」


世界が躍動するようだ。魔力の衝突に斬り刻まれ、血肉を削られるように。

滅んでいく。生命が、大地が、狂い抉れていく。果ての中へと、消えていくのだ。


「これが貴様等の望む平穏か」


問うた先に、言葉はない。

その女はただ一人、否、正確に言えば三人だが、他共が塵芥にしか見えぬ程に、彼女は異様だった。

紅白の炎を現した衣と紅蓮の剣。そして、焔が如き髪色と眼。

神の器となるべき、女。


「……言葉の意味が、解りませんね」


「問いではない。独白だ」


答えが返ってくるとは思っておらん、と。

そう呟きながら、彼は重き瞼を持ち上げた。

今更、薄皮一枚で何かが変わる訳ではない。この双脚が、皮膚が、大地の元にあればそれで良い。


「奇異だな」


この小娘を選んだのは自分だ。

器として、偶然にも、幾億の中から選んだだけに過ぎない。

それが、この世界で器に相応しい存在となるべく成長させるはずが、だ。

気付けば嫌悪すべきはずの物を受け入れ、取り入れ、支えとし。

刃を持って己へと叛逆してきた。神の喉元に刃を突き付けた。

何と悍ましいーーー……、何と恐ろしい。これが、奇異と言わずして何なのだ。


「……だが、同時に感心もしているのだ」


オロチは豪腕を振り払い、何か煌めく物をスズカゼへと投げつける。

彼女は特に警戒するでもなく、然れどその双眸に宿る焔を消す事もなく、それを受け取った。

華奢な掌にさえ収まる小さな金属。否、それは、鍵。


「…………」


触れただけで解る。これは、異様なものだ。

少なくとも人間や獣、否、生命ある者が持つべきではない存在。

そしてーーー……、自分が幾度となく触れた存在。


「扉の鍵、ですか」


自分がこの世界に来る時、変換された(・・・・・)道。

その道への、異空を超える扉への、鍵。


「それを使えば貴様は帰れる。元の世界へだ」


「……で?」


眉根を顰め、片顎を落としながら。

ただのその鍵を指先で弄ぶように、否、最早砕こうとさえ。


「私が解ってないとでも?」


彼女の、スズカゼの隣に居る二人が息を呑んだ。

何を話しているのか、と。そう首を傾げるより以前に。

スズカゼが放つ呆れ返った、然れど純然なる殺意が彼女達さえも恐れさせる。


「私はもう死んでいるでしょうに」


鍵を指先で、跳ね上げ。

然れど砕きはしない。僅かに空を舞ったそれを、掌で掠め取る。


「トラックか何かに跳ねられたんじゃねーのかって思ってましたけどね。アレ、精霊か何かでしょう」


「…………」


オロチが指を鳴らすと共に、彼の背後がズレる。

文字通りだ。その場を円形に切り取り、横にズラしたように。

世界の隙間からそれは覗き出た。顔の半分はあろうかと言う口腔を広げ、濁流のような涎と吐息を漏らす、漆黒の双眸を持つ化け物は。


「次元の狭間を行き来できる、数少ない最上級精霊じゃ。尤も、今の貴様なら指先一つで殺せようが」


「こんな話をする為に渡したんですか? この鍵」


「否、選択肢の一つを与えたに過ぎぬ」


次元の獣が猛ると共に周囲の空はひび割れ、否、砕け散り。

現れたのは仲間の姿。必死に戦い、或いは鮮血を流し、或いは苦悶に表情を歪め。

然れど決して諦めなどしない、紛うことなど決してない、誇り高き仲間の姿。

だが、それよりも映る、多くの国が白き波に呑まれていく景色。

誰もが悲鳴を上げ、悲痛に叫び、狂気に涙する、地獄の景色。


「貴様が元の世界に帰るならば、我々は退こう。欲すならば我の首も差し出してやる」


それは天霊が、オロチが出せる最大限の譲歩だった。

現状、器である彼女を殺さずに止める手立ては最早ない。

そして人間との全面戦争に到った今、人間の大半を殺さねば戦乱は収まらないだろう。

だがそれは、平定後の世界にさえ影響する諸刃の策だ。


「一度変換した以上、貴様を元の世界に戻すことは出来ぬ。だが、別の世界に送り出してやることぐらいは出来ようぞ」


裏はない。だが、慈悲もない。これは正真正銘の交渉だ。

これ以上被害を出すのはこちらとて望ましくはないし、四天災者が動いている以上迂闊に計画を進める訳にもいかない。

故に、交渉。渦中の央であるこの女が退けば、この戦乱は止もう。


「……ハドリーさんは」


ふと、呟いて。


「真面目な人でした。まぁ、ちょっとおっちょこちょいで生真面目過ぎる部分もあったりしましたが……、世話好きで優しくて、笑顔がカワイイ人でした」


彼女と。


「騎士の人達も何かと言って優しかったですねぇ。中には私を嫌ってたけど段々と認めてくれたし、話をした人も居た。何よりあの人を尊敬し、信じ、付いていける人達だった」


彼等と。


「第三街は余り綺麗じゃなくて、路地裏にゃ危ない人が居たし時々事件も起きたし、毎日毎日騎士達が出撃したりで忙しかったし……」


場所と。


「でも、楽しかった」


時。


「……別にどうこう言う必要はないですよ」


狭間より覗く化け物が、僅かに呻く。

刹那、空間は砕け、オロチの頬端が裂け、草原は業火に覆われた。

意識すら追いつかぬほどの、刹那で。


「テメェ、ここまでやって引き下がれる思うとんのか?」


紅蓮、刃を舐め。

炎衣、焔を纏う。


「……残念だ」


必然か。なれば、最早問うまい。

下がれぬのだろう。双方、その所まで到ってしまった。

ならば良い。ならば然り。ならば、そうあれ。


{悔いて息音を潰せ。塵屑めが}


彼等は対峙する。

因果か、因縁か。然れど変わらぬ。

その殺意の矛先は、決して。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ