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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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苦悶に堪え忍ぶ



《ゼル男爵邸宅》


「……ニルヴァーが、やられた?」


その事自体に、驚きはない。

呟くリドラも彼の特徴は知っている。

不死に近い再生能力。否、最早不死に等しいと言っても良い。

嘗ては臓腑一つからでも再生して見せた男だ。

故にあの圧倒的な戦況でも最悪は離脱できると踏んでいたし、あの男ならばフレースと共に戦えると踏んでいた。

だが、たった今。城壁上から戦況を確認していたレンによって報告されたのは。

ニルヴァー・ベルグーンが、再生することなく、最早、人間の残骸と述べるに等しき状況で打ち捨てられている、ということ。

全ての戦況が、主戦力として見られていた彼が敗北した事により、一転してしまったということ。


「……住宅街でのラテナーデ夫妻の戦況は、どうなっている」


「し、死傷者は居ないようでス! けれど、ユーシアさんとドルグノムさんが牽制しても怪我人が増え続けてる状況デ……!」


レンの報告を聞きながら、ラテはメイドへとしがみついた。

彼女も恐ろしいのだろう。子供ながらに、己の両親代わりの者達が戦況の中に立っていることが。

そして、不穏に漂ってくるその空気が。


「……騎士団の半数を、彼等の救出に回してくれ。指揮は私が執ろう」


「やめときなさい、リドラ。私達がここから動いたら連中が動いた時に誰が対応し切るのよ」


「だが!!」


「やめとけっつってんの。一部じゃなくて全体を見るのが私達の役目。女の子の前で憎まれ役押しつけるんじゃないわよ」


リドラはその言葉を聞いて、奥歯を食い縛りながら腰を椅子へと戻す。

その拳には血が滲み、眉間には酷く皺が刻まれている。

無力にして無様。こんな所で遠目に命令を下すだけで、自分達には何も出来ない。

いいや、していない。その術は此所にあると言うのに。


「戦況は最悪よ。各地で大きな魔力が激突してるしーーー……、北に到っては何か巨大な結界が展開してて中の状況が解らないわ。全体がまだ動いていないのか、今動いているのかさえ解らない」


盤上の駒を机に押しつけながら、イトーはそう吐き捨てる。

異様な魔力反応や、その魔力が消えていることが無ければここまで苦悶することは無かった。

誰の、かまでは解らない。ただ、あの魔力反応は四天災者にすら到るほどの。

けれどメイアウスやメタルではない。だとすれば、いったい。


「……今は思案している場合ではないだろう。さっさとフレース・ベルグーンを救出に行くべきだ。何故かは解らないが、まだスノウフ国聖堂騎士団共が動いていない今に、な」


その中でチェキーは冷静に判断を下す。

いいや、この国に思い入れのない彼女だからこそ、判断が下せるのだ。

思い入れがないからこそ今この国の為に動ける苦痛に、心を縛り付けられる彼女だからこそ。


「むしろ我々が思案すべきなのは何故奴等が動かないのか、だ。そもそもこの国を攻めてきたのは何故だ? 精神の基盤を殺す為の、所詮人質であればあのヌエとか言う女だけで良かったはずだ」


チェキーの指先が駒を摘み、幾多と並ぶ兵達を地図上から弾き出していく。

確かにその通り。最早この国は抜け殻に過ぎず、防衛の要であるニルヴァーさえもヌエが居たならば対応しきれたはずだ。

にも関わらず連中はスノウフ国の聖堂騎士達をシャガルには攻め込ませずこちらに転移させ、さらには[全能者]にして[全属性掌握者]ハリストス・イコンまでこちらに寄越している。

何だ? 奴等は何を企んでいる? 何が目的なのだ?


「……イト-。そろそろこちらから何か仕掛けた方が良い。戦況は明らかに悪化の一途を辿っている」


「解ってるわよ、チェキーたん。けど、まだ動くべきじゃない」


「何故だ? このまま何もせず、外のスノウフ国軍が責めてくるのを待つつもりか?」


「……この国を犠牲にしようとも、必要なことだからよ」


机上の駒が、跳ね上がる。

猫背の男が振り落とした拳が、鮮血滲むその拳が、叩き落とした故に。

解っている。イトーが、[森の魔女]と呼ばれた彼女が自分よりも遙かに高等なことを考えているのは。

彼女が幾年と掛けて立ててきた計画だ。恐らく自分の思案など軽く上回る物なのだろう。

だから彼女に託すことに不安はない。いや、信頼すらある。

けれどーーー……、今の言葉に怒らねば、自分はこの国を護る資格はなくなるだろう、と。

そう思ったからこそ。


「……もう暫くだけ、待って」


イトーは敢えてその事に言及しない。

例え口上で憎まれ役にしてくれるなと言えども。

それが最も適しているのは誰か、自分はどうあるべきか。

自分がしてきたこと、していることを自覚している彼女は。


「彼から合図があるまで、もう暫くだけ」


耐えてきた。犠牲にしてきた。目を逸らしてきた。

幾人の思いをこの手で汚し、この脚で躙り。

それでもなお、自分は歩んできたのだ。培ってきたのだ。

この計画に全てを掛けるために、ただ。

幾人の思いを背負い、幾人の思いのために。

自分自身の復讐と、成すべきことの為に。


「……もう暫く、だけ」



読んでいただきありがとうございました

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