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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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無様に歩む道

「貴方は騎士向きねぇ」


嘗て、あぁ、間違いなく彼女が彼女であった時。

サラ・リリエントという女性が間違いなく自分の親友であった時。

そう言われたことを、デイジーは覚えている。忘れるはずなどなく、覚えている。


「そう言うサラはどうなんだ?」


「私は向いてませんわねぇ。でもデイジーが行くのなら、私も行きますわぁ」


「行くなら、って……」


「あら、何か問題でも?」


あの時、自分が何かを言って居れば彼女は今でも隣にいてくれただろうか。

あの時、自分がどうにかして止めていれば彼女は今でも隣で笑っていただろうか。

あの時、あの時、あの時ーーー……。


「お前等にゃ護衛をやってもらう」


気怠そうな、と言うよりは酷く疲労した騎士団長からそう言われた。

相手は最近国外に姿を現した少女だと言う。いや、殆ど自分と同年代なのだけれど。

だから、実力から考えても今のお前等なら適任だろうと言うのが選出理由だった。その事に違和感が感じなかったし、所詮は一つの任務なのだろうと思っていた。

けれど、その任務は自分にとって果てしない転機となったのだ。

騎士という存在にとっても、人生にとっても、自分にとっても。


「……ゼル団長」


だから。

ゼル・デビットが自分の眼前で死んだ時も。

スズカゼ・クレハの背中が消えていった時も。

サラ・リリエントが偽物なのだと知らされた時も。

自分はそれが何なのか、理解出来なかったのだと思う。


「私は」


これが、ほんの数年前。

再び彼女が戻ってくるまで、私は延々と鍛錬を続けた。

彼女を護れなかったのは自分の弱さなのだ、と。

やはり自分は果てしなく弱いのだ、と。

何が弱者だ。何が弱者の弱さだ。自分は、ただ弱いだけではないか。


「いつだって、立ち上がるのは貴方達だ」


だからこそ自分はあの言葉に救われた。

いいや、救われていたのだ。救われていて、その場所で蹲っていただけ。

だからこそ彼女に手を引かれた時、再びその背中を見る事が出来た時。

自分は、一人の騎士として、一人の弱者として、自身の道を信じることが出来たのだと思う。

今ここで、こうして、立っていることが出来るのだと思う。


「テメェぇえええええだけはァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!」


眼前で竜が咆吼する。

衝撃は己の四肢を喰い千切るほどに荒れ狂い、皮膚は苦痛に悶えていく。

それでも恐怖はない。自分は勝てず、傷付くだけなのだと知っていても。

決して怖くはない。この手にある武器が、この背にある覚悟が、この瞳にある決意が。

恐怖などに負けるはずは、ない。


「この刃、欠けることなし」


巨竜は空中で旋回して豪風を巻き起こす。

その縦横無尽な回転は彼女を振り落とすには充分だろう。

然れどデイジーは刃を竜の鱗に突き立て、己の両脚を踏ん張って耐え尽くす。

例えその身を斬り刻むほどの旋風であろうとも、肉体を掻き鳴らす轟音であろうとも。

この手を離すことは、ない。


「離れろクソ虫がぁああああああああああああああああッッッッ!!!」


「断るッッッ!!」


旋風は、上昇へと。

蒼を超え、白を超え、やがては光の下へ。

竜として、生物として上昇できる臨界点。皮膚が凍り吐息が凍てつく彼方。

そして、僅かな停空。

滑空の、構え。


「無力の中で」


竜が嗤う。

否、人が、嗤っている。

骨々を軋ませ肉を抉り返し高速で巻き戻すかのように。

巨竜は、人間の姿へと。

そして人間は己の肩先に刺さる刃ごと、デイジーを蹴り飛ばす。


「孤独に死ね。クソ虫」


女の肉体はデイジーから離れると共に鳥となり、空の彼方へ消えていく。

僅かな抗いだった。必然の運命だった。弱者の定めだった。

こうなるのは解っていた。解っていたからこそ。

今少し、ほんの少しだけ、抗える。


「あ?」


鳥はその眼で視認する。

何かが。何かが飛んできている。

何だ? 武器でも放り投げたか? この場面で?

どうせ死ぬのならと足掻いたか。ならばそれでも良いだろう。

無様に大地へ赤の華を咲かせろ。抉れた地も、少しぐらいは。


「この道が」


大地から轟く、金属音。

鳥の眼前に現れる、一人の女。


「私の進む道だ」


武器を足場にし、或いは遠心力を利用して。

彼女はほんの僅かに、それこそ一歩ほど上昇した。

しかしその一歩さえあれば。例え武器を捨てようとも。

届く。強者へとーーー……、その腕が。


「く」


鳥の首根を掴み。

指先は、その華奢にして粗鬆な骨を。


「ソ虫がぁああああああああああああああああああッッッ!!!」


鳥は人となり、否、竜となり果てて。

己の首を掴む女へ業火を吐き捨てる。

然れど撒き散らされた程度の豪炎が彼女を燃やせるはずなどなく。

その鎧を、四肢を、肌先を燃やそうとも、彼女は離れない。

しがみつく、藻掻き足掻く、踏ん張り尽くす。

弱者故に抗おう。弱者だから戦おう。

無様で良い。愚直で良い。弱者だからこそ、私は此所に居る。

私はデイジー・シャルダで居られる。


「私は弱者であっても」


ただこの腕があるのなら。ただこの脚があるのなら。

この背と瞳に宿る誇りがあるのなら。


「護られるほど、弱くない」


戦って見せよう。

最期の、一瞬まで。



読んでいただきありがとうございました

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