盗人は赤の肉となりて
「一人、一人だ! 集中して狙えっ!!」
盗賊団の頭は声を張り上げてそう叫んだ。
この人数の実力者を相手取って勝てる訳はない。
ならば一人でも倒して人質にしてやろう、と。
「愚かな考えだぜェ?」
ガグルは頭の言葉と同時に彼の思案していることを予測し、行動に移る。
盗賊団達は見た目的にも身体的にも最も狙いやすいファナへと走るだろう。
ならば、それを防ぐのは自分の専売特許だ。
「[ジモーグ]!!」
木の根はファナへと向かう盗賊団の内、二人を拘束する。
足を取られた二人はそのまま地面に顔をぶつけて転がり、さらに追い打ちと言わんばかりにジェイドとキサラギの一撃が喉を突く。
「三人、逃がした!!」
[木根霊・ジモーグ]の束縛を抜け出したのは三人。
右の男は槍を、中心の男は剣を、左の男は魔術による岩塊の鈍器を。
それぞれが華奢な少女を殺すには充分な凶器だ。
「チッ……!」
ファナは両手を交差させ、必死の形相で自らに向かい来る男二人の顔面を魔術大砲によって貫く。
左右の仲間が血飛沫と共に顔を失って死亡したというのに、中心の男は止まる様子すら見せない。
最早、一種の混乱状態に陥っているのだろう。
頭の言葉を盲目的に信じ目の前の女を殺せばどうにかなるという、混乱状態に。
「やべぇぞ! 一人抜けやがった!!」
ファナとその男の距離は数メートル程度。
歩数にして五歩程度だ。
ファナが再び魔力を収束するのが先か、それとも男が剣を振り落とすのが先か。
否、その答えは求めるまでもない。
男は三歩目を踏み出した時点で剣を振り上げ、そしてーーー……。
「させるものか」
男の首裏を着く、一本の木刀。
真っ直ぐに、人体の急所である首を狙って、的確に。
男はファナに後一歩の所まで迫っていたが、それにより数秒の隙を生む。
そして、その隙は自らを絶命させるには充分だった。
「……余計な事を」
「貴様に死なれては困るのだ。俺も、姫もな」
ジェイドは立ち上がり、投擲した木刀を取り戻すべく死体の元へと歩いて行く。
残ったのは盗賊団の頭だけ。
だが、その頭も腰を抜かして震えており、とても襲い掛かってくるようには見えない。
「これにて一件落着かや?」
「それは、そこの男に聞けば良い。……さて、これはどうした物か」
ジェイドは息絶えた男の元に木刀を取りに行くまでの短い距離で、少しばかり思案に耽る。
今回の盗賊団の一件、妙に引っ掛かる物がある、と。
現在はスズカゼ達に調べて貰っているが、それもこの男に聞けば手間が省ける。
この様な滅国に何の用件がーーー……。
「ジェイドォッッ!!」
鳴り響く、ガグルの叫び。
ジェイドが彼の方向へ視線を向けるよりも前に気付いたのは、その人物の存在だった。
「……!」
その人物は彼等が来る前に、周囲を見張っていた。
盗賊団の頭がアイツも呼んでこいと指図した、残る一人。
彼は迎えが来ない事と仲間の悲鳴を異変に思い、急いで外へ出て来たのだ。
そして目に映ったのは、自分の仲間に歩み寄る一人の獣人。
「殺してやる!!」
雷の魔術による魔術弾は既に装填し終わっている。
あの場に居る誰よりも早く、黒豹の獣人を殺す事が出来るだろう。
せめて一人。道連れにしてーーー……!
「え?」
だが、その男の弾丸はジェイドに向けられる事はなかった。
いや、正しくはその弾丸を有すはずの手が、ジェイドとは全く別の方向に向いているからだ。
具体的には自分の足下に。
「何で」
ぶらんと垂れ下がった腕の付け根は元々より面積が八割ほど減少している。
今はもう骨と肉と血管と皮膚で繋がっているのではなく、ほんの少しの肉と皮膚で繋がっている状態だ。
傷口の露わになった血肉からはじわりと血が滲み、やがて時刻を迎えた噴水のように、一気に血を吹き出す。
「何でだぁあああああああああああああああああ!!」
彼の絶叫を掻き消すように鳴り響く、二度の発砲音。
ばんっ、ばんっ、と。
男の足が跳ね、そして頭が弾ける。
醜い豚のような呻きと共に、男は頭から血を吹き出す暇も無く地面へと沈み込む。
「案ずるな。こっちは[5人]だ」
廃墟の屋上で、その狙撃者はにこにこと微笑みながら打ち終えた魔力を再び装填していた。
黒き銃口から白煙を吹き出させながら一筋の汗を流す物の、その笑顔を崩れさせる様子を見せることはない。
「……狙撃者、か」
「そうだ。腕は確かだから心配するな」
ジェイドは木刀を拾い上げ、踵を返して盗賊団の頭へと視線を向ける。
だが、そこに居たはずの盗賊団の頭の姿は忽然として消えていた。
「おい、何処に行った?」
「……あれ? いつの間に」
「誰ぞ見て居なかったのかや?」
「失態だな。逃げられたぞ」
よく見ると、盗賊団達が乗り込もうとしていた獣車も消えている。
恐らく仲間が狙撃され、絶叫している内に逃げたのだろう。
その間に誰にも気付かれなかった手際は流石と言うべきか。
「……本来の目的は奴等の殲滅、基、ここから追い出す事だった。ならば追う必要性はない、が」
「愚かにも今はそれだけじゃねェ。奴等の目的も調べる必要がある!」
「追うべきなり。逃がすそれ即ち失態ぞや」
「……ここから撃ち殺せば良いだろう」
「お前の魔術大砲なら出来るかも知れねぇが、荷台ごと吹っ飛ばすだろ。それじゃ愚かだぜ」
彼等はどうすべきかを議論している間にも、盗賊団の頭が引っ張る獣車は遠ざかって行ってしまう。
余りに議論に彼等は本質を忘れて、いつしか言い合いに近い形になっていた。
やはり急構成の他国同士による部隊だ。戦闘面はともかく意見の反発は起きるのだろう。
尤も、結局のところその議論は全て無駄になるのだが。
「……なぁ、何か獣車がこっちに向かって来てね?」
「来ているな」
「……何故ぞ?」
「私が知るか」
その獣車の操縦席に乗っているのは満面の笑みで手を振るスズカゼだった。
ジェイド達は余りの出来事に開いた口を塞ぐことも出来ない。
獣車を率いてきた彼女はそれを止める事が出来ずに壁面に激突させる事となるが、まぁ、それは別の話である。
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