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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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渇望消えることなく

【地下施設】


「もう間もなく、ってトコか」


カチリと装置のスイッチを停止させながら、ユキバは軽く手をぶらつかせる。

彼の後方にて闇に融け込むが如く佇む巨漢は僅かに豪腕を歪め、壁面へ身を預けた。

鋼鉄は彼の巨体であろうと容易く受け止め、この世界に存在し得るはずもなき一室の感触を腕肩へ伝える。


「……ヴォルグが消えた。レヴィアは天霊化し、四天災者[断罪]と[憤怒]の魔力が失せ、[暴食]と天霊化した[傲慢]が激突しておる」


「戦乱も最峰ってヤツかねー。あーあー、俺も色々と観察してぇんだが」


煙を噴き上げながら、暗闇を照らす灯りの中。

赦されるはずのない球体を前に、否、魄塊を前に、ただ嗤う。

何と美しいのだろう。何と恐ろしいのだろう。

これが神の欠片か。この世の、万天の至域に座す者の一部か。


「ケッ、忌々しいがあの[全能者]が惚れるのも解るってモンだ」


「やめておけ、[怠惰]。如何に貴様が聡明であろうとも、あのお方に魅入られることだけはな」


「あ? どういう事だよ」


問うた彼に対し、巨漢の男、オロチは球体へと岩礁のような指を伸ばす。

遠く、淡く、果てしない光。何処までも艶めかしく、心の底を沸き立たせてくれる光。

魅惑などという言葉では表せぬ程に、それはーーー……。


「人には余るもの、ということだ。相叛する理の世界故にな」


オロチの指先が弾けるように切り裂かれ、鮮血が鉄板の上に飛散する。

ただ指を近付けただけにも関わらず、彼のそれは幾千の刃で内部から切り裂かれたかのように。


「例え同様の身代であれどこの始末。人間なぞが喰らえば、手にも負えぬよ」


「だからスズカゼ・クレハのような適した器が必要、ってことか。……それを考えるとゼル・デビットもよく耐えれたなぁ」


「耐える?」


彼の表情は酷く曖昧で、複雑だった。

侮蔑の嘲笑と、悔念の歪眉。それ等が混ざって、牙を軋み立てる。

困惑は、否、混惑は、やがて彼の傷付いた指を拳に握り込むように。


「常に引き裂かれる肉体を再生させ続けることを耐えると言うのなら、そうなのじゃろうな」


彼は踵を返し、鮮血伝う豪腕を懐に指し歩き出す。

その双眸に宿るのは漆黒の憤怒。神への懺悔と、愚者への憎悪。

最後の三賢者、天霊は、殺意と等しき闘志を背に。


「……ケハッ」


しぃ、と歯の隙間から息を吐き出しながら、指先を腰元で交差させて。

彼は鉄床に滴った鮮血に侮蔑を、そして嘲笑をくれてやる。


「舐め過ぎだぜ、オロチ。人間をよ」


切り裂かれ続けると言うのなら。

それを再生させるのは確かにツキガミだろう。

生命さえも操作する神の御技。確かに肉体再生程度、容易く行える。

だがーーー……、彼は、ゼル・デビットはその幾千と重ねられた再生に耐え、剰え残香が残されていた。


「さぁ、この戦乱」


幾千の人が叫び、幾百の戦人が流血し、幾十の異端が咆吼する。

対する者共もまた、幾度となく、猛り、狂い。


「どちらに傾くかなァ」


妖艶の灯火を放つ光を前に、彼は口端を裂く。

常に観察者であり、常に探求者、否、欲求者たる故に。

人間故にこそ、彼は嗤うのだ。何の刃も持たぬ人間故に。


「足掻き始めるぜェ」


力を持つ者が強者なら、何ら苦労はない。

へし折れば良いだけだ。我々にはその術があるだろう。

だが、だがだ。奴等が、人間共が、獣共がその程度なら、何も苦労はないのだ。


「弱者とは、弱者になることは出来ない」


彼等は必ず藻掻き、足掻く。

強者からすれば足下で這う蟲に過ぎないだろう。

だが、時として強者はその蟲に驚き、転ぶ。


「敗北者こそ、真の弱者なのだ」


だが、その蟲が羽さえももがれたのなら。

それは違いなく、真の弱者だ。最早藻掻くことさえ出来ぬ有象無象。


「だが、その敗北者共がまた我も強者にと歩み出した時」


羽を失ったその羽虫が。

再び、足掻くのなら。


「それは何よりもーーー……、恐ろしい」


人間を舐めるなよ、と。

その背を向け去った天霊に、或いは眼前で眠る片割れに。

人間故の人間称賛を。人類に敵対する故に人類に対する侮蔑を。


「神さえも」


いや、と。

その先の言葉は無粋だ。

奴等が何を成すのか、今暫く待とうではないか。

そして出来れば、全てが終わった時にはーーー……。


「……叶わぬ願いかも知れねぇが」


叶わないというだけで諦めるのなら。

自分は欲求者ではない。探求者でもない。

叶わぬのなら叶えよう。その為に如何なる術でも使おう。

人間を止めよう、化け物に手を貸そう、星魂さえも踏み躙ろう。

受け継ぐことはない。受け継がせることもない。ただ個たり得れば、それで良い。


「人間を舐めるなよ」


今一度、彼はその言葉を繰り返す。

しぃ、しぃ、しぃ、と。押し殺すように嗤い。

不遜なる男は神を前に嘲笑う。否、神の前に故に嗤うのだ。


「この底無き欲望が……。人間こそが持ち得る、高潔な貴様等なぞが持ち得るはずもない欲求こそが、俺達を渇かせる」


灯さえも噛み殺すように、吐息を押し潰し。

悦楽に眼を歪ませ、口端を抉り返らせて。

ただ嗤う。嗤うことしか、彼の渇きを誤魔化すことは出来ない。

渇きが、渇きを産む故に。


「人間こそ無限」


もう少しだ。

あと少しで、人間が持ち得る姿が、見える。

全ての、真実がーーー……。


読んでいただきありがとうございました

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