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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
785/876

極限の減速

【ギルド地区】

《ギルド本部・跡地》


「どう、なっている……!」


クロセールは片腕をぶら下げ、腹部から鮮血の導べを垂らしていた。

苦痛が肩筋から昇り、首根を引き締める。

一瞬、と称すのは間違いか? 否、アレは確かに一瞬だった。

一瞬にして永劫。刹那にして永続。

あの男は、グラーシャは、いったい、何を行ったのだ?

否、何処まで、到ったと言うのだ。


「とても、気分が良い」


空塵に指先を擬え、彼は微笑みように頬端を緩めた。

塵々が、否、空素でさえも彼によって掌握される。

グラーシャが展開している空間は、そういう物なのだ。

減速。停止ではなく減速。自己の世界を極限まで減速させる、空間。


「停止ではないから、君の琥珀も僕を止めることは出来ない。君が僕の世界に干渉出来ることはもう無いよ、クロセール」


クロセールは琥珀の弾丸を展開する。

氷結が周囲に煌めきと冷露を生み出す、が。グラーシャが狼狽えることはない。

最早彼にとって全ては、路端に転がる人形共も、煤け砕けた壁さえも、クロセールでさえ障害たり得ない。

彼の周囲は限り無く遅延している。停止ではなく、遅延。


「全てが見えるんだ。空気の流れも、弾丸の軌道さえも……」


彼の言葉が終わるまでもなく、幾多の琥珀が発射される。

煌めきの中で一閃を描く弾丸。琥珀色は世界を氷結に染め上げる、が。


「終わり、さえも」


音は、ない。

震動も、変化さえも。

ただ必然。その琥珀は減速しただけ。

極限の減速。それは最早停止に等しく、然れど異なり。

琥珀がグラーシャに届く事は、永遠にない。


「だがその場にあるのなら」


クロセールは次弾を装填、発射。

装填、発射。装填、発射。装填、発射。

全く同じ軌道で、全く同じ力で、全く同じ物を。


「届かないことはない……!」


例え減速、遅延していようと存在が消えることはない。

彼の周囲にその空間が展開しているのなら、空間の領域が決まっているのなら。

押し込めば(・・・・・)良いのだ。釘を打つように、一つ分ずつ、押し込めば。

いつしか、それは必ず届く。


「当然、その程度は織り込み済みだよ」


するり、と。

結び目の無い糸を引き抜くかのように、するり、と。

弾丸は彼の脇を通り抜けて、壁面を破して粉塵の中へ消えていく。

一度は停止した弾丸だ。その軌道を読むのは無論、容易い。


「だろうなーーー……。お前はそうするはずだ」


追撃は、ない。

あるのは通過したはずの、壁に激突し意味を失ったはずの弾丸から放たれる強振。

鼓膜を切り裂くように甲高く、脳髄を揺さ振るように強い、震動。


「そして俺が解除した隙に撃ち込むと思う。あぁ、ならばその通り、そうさせて貰おう……!」


刹那、爆音。

溜めて溜めて溜めて溜め尽くした爆弾が、爆ぜるように。

全てを解放するように、爆音。


「ただし放つのは俺ではないが、な」


眼前、それは正しく眼球の寸前だった。

恐らく意識下、秒にすら及ばぬ次元で遅れていれば片目を失っていただろう。

何ということはない。彼の放った琥珀は弾丸ではなく、いや、弾丸でありながら炸裂する爆弾でもあったという事だ。


「……凄いね、クロセール」


瓦礫を退けながら、グラーシャは拍手なき称賛を送る。

この状況でも冷静に自体を分析して、有効な手段を打ってきた。

相手の行動や周囲の物質までも計算に含め、自身が成すべき事を出来る。

何と素晴らしい逸材だろう。何と素晴らしい存在だろう。

そして自分はそれがどうしようもなく、恨めしい。


「そんなに、凄いのなら」


クロセールの指先が、痺れる。

否、鈍い。違う、動かない。

停止? いつ? そんな動作はなかったはず。

だが停止している。意識のみが残されて、停止している。

違うーーー……、これはグラーシャの魔法ではない。

彼が意図して放った魔法、ではない。


「どうしてあの時、助けてくれなかったんだ」


その言葉は彼自身に向けられた物ではない。

いや、或いは誰に向けられた物でもなく、誰しもに向けられた物なのだろう。

グラーシャ・ソームン。彼は復讐鬼だ。その憎悪に心身を燃やす[憤怒]だ。

そして同時に、何処までも無力なーーー……、殺人鬼でもある。


「誰も、誰も、誰も」


暴走。彼は平然とした表情のまま、独り言でも呟くように暴走している。

感情により昂ぶった魔力を制御出来ていない。ただでさえ事象干渉という高次元の魔法を使っているというのに、集中力など欠けば、どうなるか。


「……ッ!」


クロセールは気付く。

己の指先が、まるで老人のように嗄れていることに。

だが数秒もすればいつものように戻り、かと思えば赤子のように瑞々しく潤っていく。

今はまだ指先だけだろう。だが、今暫しもすれば、これは全身まで広がり。

肉体がその負荷に付いていけず、衰死する。


「グラー……シャ…………ッ!」


自身の周囲に展開した氷結を解除し、体内へ収束循環させながら。

彼は全身の力を振り絞って脚を、腕を、牙を動かそうとする。

だが、それは強固や強靱といった次元の拘束ではない。

そも、動く(・・)ことさえもその世界では有り得ぬことなのだ。


「どうして、どうして、どうしてーーー……」


何人も赦されぬ空間に響くのは、慟哭。

獣のそれよりも遙かに悍ましき唸り声。


「誰も」


世界は停止する。

少なくとも、ギルド本部の館全てが、停止する。

空を流れる雲も、優雅に飛び去る鳥達も、道を這う蟻でさえも。

全てが停止する。その意識のみを残して、全てが、ただ、彼の世界に取り込まれてーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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