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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
783/876

神の賛美歌

【???】

《???》


「……ぅ」


少女は気付き、ふと空を見上げる。

晴天。この国では滅多に見られない、純蒼の空。

何故だろう。体は奇妙なほどに温かく、いや、心地よさすらある。

暖かな毛布にくるまったような、微睡みのようなーーー……。


{目覚めたか}


彼女の背後には、一人の男が居た。

否、平然と、果てまで続く無限の水面に立つのは男ではない。

それは神だ。何処までも自然に、当然の様に、当たり前に。

世界へ受け入れられるその男は、神なのだろう。


「ぁ……!!」


慌てふためき、恐怖に四肢を藻掻かせた時。

彼女の自分の体に何ら傷がない、此所に来た時の状態であることを確認する。

そんなはずはない。此所で、自分は死んだはずだ。

ツキガミとハリストスによって、ただ一傷さえ与えられず、無力なままに。


{慌てるな。敵意はない}


「…………っ!」


息が詰まる。恐怖故か、切迫故か。

どちらにせよ逃げなければと自身の心底が悲鳴を上げている。

脳髄に響き、頭痛さえも起こす警報を、掻き鳴らしている。

けれど、だけれど、同様に、逃げてはいけないという叫びが、今、ある。


{……強いな、貴様は}


その男の表情は優しい。酷なほどに、優しい。

彼の声色も、顔も、見たことがある。自分は知っている。

けれどあの人とは違うのだ。同じであるはずが、ない。


{だからこそ、生かした。その輝きを伏すのは惜しいものだ}


彼は、何を言っているのだろう。

脳が理解を拒む。いや、理解して良い物ではないのだ。

自分はきっと、真面目なフェアリ教の信徒だと思う。

毎日の祈りは欠かさないし、フェベッツェお婆ちゃんにも熱心だねと褒められたこともある。

だけれど、今、自分の前にその神様が居るというのに。

自分はただ恐怖し、脳が彼の存在を拒むばかり。拒むことしか、出来ない。


{少女よ。今、貴様の国で一つの世界が産まれた}


唖然とするピクノを前に、神は、ツキガミは構うことなく話を続けていく。

彼の瞳に少女の姿はない。あるのは、果てもなき世界の空。


{これは恐らく、[精霊の巫女]と称される女性の召喚術だろう。驚いたーーー……、嘗ての世でも、この術まで辿り着いた者は片手で数えるほどしか居らぬ}


「……な、何を」


{去ぬぞ、その女}


指先に電流が奔る。

口端が吊り下がり、背筋が、凍り付いて。


{人間が、到って良い領域ではない。世界を一つ産むということは、否、召すことでさえも人間の許容を遙かに超えている。謂わば紙器の中に流鉄を流し込むような、無謀な行為よ}


それでも刹那は保つが、と。

平然と言い放たれた事実を前に、やはりピクノは混乱するばかり。

[精霊の巫女]と言われれば彼女しか居ない。

居ないからこそ、混乱するのだ。

彼女が、死ぬ。彼女までが、死ぬ。


「や、だ……。やだっ……!!」


{だろうな。全く、あぁ、人というのはどうしてこう、輝きを容易く捨てるのだろうか}


死すことは悪ではない。

真の悪とは、魂の輝きを捨てることだ。

捨てることを、望むことだ。


{終焉とは輝きを無くすことにある。諦望の中で立ち止まることにある。藻掻きさえも忘れた者はその時、真に終わるのだ}


巨大な、槍。

否、それは最早槍と言うよりは鉄塊に近い。

花弁が如く白銀の鋒が元に咲き誇る四の牙。

柄一片。自身の倍はあろうかという巨大な鉄塊を指先で弄び。

神は、踵を返しながらに、世界の扉を開く。


{征け、少女。その輝きを燻らせるな}


数瞬の、静寂。

苦悩の時間ではない。決意の、時間。

少女がその拳を握り締め、歩き出す為の、時間。


{……そう、あれかし}


神は微笑みながら、少女の過ぎ去った世界に封を施した。

もう、幾何。もう幾時が過ぎ去れば、世界は変貌しよう。

誰が望む、この世界を。誰が願う、この貌を。

彼等か、臣下か、友か、弱者か。


{人も獣も精霊も、己の成すべき事の為に、輝きを持つ}


美しく、何処までも果てしなく、儚く。

砂上の楼閣。得ようと願えば崩してしまう、脆き夢。

彼等は天先を望んだ。臣下は変貌を望んだ。友は崩壊を望んだ。弱者は彼等を望んだ。

斯くあるべくして、斯くあれかし。望むのならば、それで良い。

その先にあるべく物を得るのならば、それでーーー……。


{砂塵、天に舞いて}


一雷、滅逝。

傲慢であったが、あの者の輝きもまた美しい物だった。

であれば、晴らさねばなるまい。彼奴の切望の果てにある者として。

それが責務という、物なのだろう。


{輪廻に還らば、それもまた一片の導なり}


人よ、願い給え。

果て無き祈りと願いと欲望の果てに、我は在る。

輝き給え人よ。猛り給え獣よ。欲し給え精霊よ。

私は此所に居る。何人も願い欲すことなきこの果て無き世界に、私は居る。


{解せよ者共よ。塵芥に敗すな}


世界は果てしなく。

彼という存在は矮小に収まるはずもなく。

湾曲は、星の果てまでも、何処までも。


{視ゆれ、視ゆれ、視ゆれ! 幾度となく願い給え!!}


世界に亀裂が走り、果て無き永劫の晴天は黒に染まっていく。

否、黒ではない。闇ではない。その世界には幾多の光。

この世に収まらぬ故に、彼の者は、ただ、願いて。


{それでこそ、魂魄は}


無限にして有限。星々の光は、彼を照らし。

決して存在し得ぬ世界。何人にも犯せぬ、楼閣。


{輝くのだ}


愛しき魂よ、輝き達よ。

この星々のように、紅く、白く、翠く、ただ輝き給え。

諸君等の輝きこそ、この世の何物よりもーーー……、美しいのだから。



読んでいただきありがとうございました

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