世界を産みし者
【スノウフ国】
《大聖堂・礼拝堂》
{必要なのは、決意}
花弁が、舞う。
彼女は楽園の中で、花園の中で立っていた。
彼女だけに赦された世界。美しき、彼女が求めた世界。
{あるのは、力}
対峙するは幾十の天霊達。
その一体一体が一国さえも滅ぼす絶大な力を持ち。
対するラッカルは、ただ、一人。
{だったら私は、この力で決意を示すわ}
彼女の周囲を花弁が舞う。
旋風によって、ではない。確かに、花々が意志を持っているかのように。
覆っていく。華奢な四肢を、決意に満ちた双眸さえも。
「……[奈崩]スリート」
彼の言葉と共に、己の腕を呪符にて束縛した巨人が歩み出す。
[奈崩]スリート。ダーテンの有す天霊であり、その破壊力は天霊内でも最高峰を誇る。
もしスリートが呪縛を解放すれば、一撃で大地の半分は抉れ返る、が。
{……オ゛、ァ}
酷く、遅い。
天霊はヘドロが渇くよりも遅く、老亀よりも鈍く。
否、それは最早停止にすら近く。
「スリート?」
ダーテンがその名を呼んだときには、既に。
[奈崩]スリートは膝を突き、呪縛に覆われた腕では上半身を支えられず、頭蓋を大地へ打ち付けた。
そして、その内付けた脚でさえーーー……、巨脚と共に花園へ覆われていく。
朽ち果てた大樹の末路、とでも称そうか。
花の根に覆われたスリートは見る見る内に枯れ果てていき、やがて骨と皮ばかりになっただけではなく、それ等すらも、灰となるように形ばかりが、残った。
{……知ってたはずよ。進ませればどうなるか、と}
「スリートなら耐えられると思ったんだけどね。……まぁ、少しぐらいは僕も戦わないと駄目かな」
彼の合図と共に二体の天霊、それもダーテンの頭ほどしか無い小さなそれが彼の肩に乗り、否。
彼の肉体に魔力を付与させながら、或いは周囲に結界を展開させながら。
ただ歩んでくる。一足ごとに、花園の花を躙りながら、彼は、ただ。
「チャペル、ウェイザムラフス」
[呪縛]チャペル。[天候神]ウェイザムラフス。
共に最上級天霊。少女の姿をしていようと、白雲に覆われた優男であろうと。
四天災者[断罪]ダーテン・クロイツの誇る主力の天霊達だ。
「征くよ」
{来なさい}
ラッカルが双腕を交差させると共に、花園の中から深緑の樹根が姿を現した。
巨大な、その花園に圧倒的な存在感を有すそれは、来たる天霊達に牙を剥く。
世界が彼等を拒絶するように、樹根は、君臨するのだ。
{覚悟は出来ている}
時すら存在せぬ刹那。
結界纏いし拳撃が樹根を貫き彼女の眼前へ迫る。
然れど漂薄の花弁がその拳を逸らし、同時に樹木の鋒が獣の頬を貫く、が。
僅かに薄皮一枚。[呪縛]の天霊によって縛られた根は不動を強制され。
瞬間に[天候神]による気温と天候の操作により花弁と樹木が消滅する。
{一瞬で良い。一瞬が良い}
逸らされた獣の拳は再び女へ迫り、その臓腑を貫いた。
腹部の風穴から激痛が伝わる暇さえなく、否、伝える必要などなく。
{示すには、ただ、それだけで}
その女の双眸にあるのは覚悟。死さえも恐れぬ、魂の慟哭。
{良い}
彼女の両腕がダーテンの拳を掌握する。
腹部を貫かれたまま、軋み、躙る腕で、彼の腕を。
例え暴れ狂い臓腑を潰されようとも構わない。
骨が軋み肉が猛り、鮮血が苦しみに悶えようとも。
ただこの覚悟、揺らぐことなく。
{これが私の決意よ。ダーテン・クロイツ}
舞う、舞う、舞う。
花弁が、嵐に狂う砂塵が如く、舞う。
世界は創られていく。一人の女の決意の元に。
花弁が、花が、草茎が、樹木が、葉体が、果実が。
世界が、世界が、世界が。自然という彼女の世界が。
ただ、木漏れ日となって、降り注ぐ。
{世界を創る……。皮肉だけれど、それが私の力。決意の形}
神を崇めることを止めた女と神に縋り続けた獣。
皮肉にも、反転。女が示す決意は神の力であり、獣に向けられる牙は神の力。
彼等はただ、何処までも果てしなき大樹の側で、空さえも貫く大樹の側で。
{世界召喚}
鳥が囀り、小河は流れ、花々は微笑む。
それは紛うことなき世界だった。生命溢れる世界だった。
極地。精霊召喚の、召喚という術を持つ者の到るべき極地。
{この世界に死は存在しない}
先刻、花に呑まれた[奈崩]スリートの骸が瓦解音と共に崩れ去った。
否、違う、骸が崩れ去ったのではない。崩れ去ったのは、骸だった物に纏わり付いていた樹木の根。
[奈崩]スリートは生まれ変わったのだ。この生命の世界で、紫羽を持つ蝶へと。
{あるのは循環。生命の輪廻のみ。……もし死が赦されるのなら}
鮮血が彼女の傷口から零れ、花弁を濡らす。
口腔もまた然り。見るに堪えぬ黒血の塊がどろりと零れ落ち、一片の花を潰した。
だが、未だ彼女の頬端は歪んだままで。
{創造主である、私だけよ}
彼女の決意。その対価は余りに重く。
神がそうであるように、終焉を司るのは死のみ。
循環という生命の中に内包されるその存在を、創造主は一背に担うのだ。
力の代償。決意の恩恵。
ラッカル・キルラルナ。[精霊の巫女]が示す、純然なる、意志。
{さぁ}
臓腑を貫いたままの腕を躙り、彼女の双眸は光を灯す。
未だ枯れること無し。未だ枯れるはず無し。
その魂の慟哭、止むはずや、無し。
読んでいただきありがとうございました




