老兵、紫透の宝石を駆りて
「びぇえええええええええええ!!」
耳に付く声だ、と。初めはそう思った。
子供一人ならば、まぁ、自分でも世話できるだろうと。
しかし二人になれば喧嘩はするし取り合いはするし啀み合いはするし。
全く、どうしてこの二人を引き取ってしまったのかと思う。
「キツネビが私の取っだぁああああああああああああ!!」
「……違うもん。タヌキバが昨日私の一つ食べたからだもん」
ちろちろちろちろちろちろちろちろちろ。
足下でぎゃあぎゃあ喚きながら、自分の脚を木幹の周りを駆けるように回っていく子供達。
全く持って面倒だ。どうして引き取ったのか、未だに解らない。
自分にも子供の頃はあったが、いや、これ程騒がしくはなかったはずーーー……。
「ガキってぇのはそういうモンだろぉ?」
ある酒場にて、同業者の男とそういう話をしていた。
男、リィンと名乗っていたが、奴は酒をかっ喰らい過ぎたようで自身の集団から外されたらしい。
現にこの男が自分とこんな話をしていたのも、向こうから絡んできた訳で。
いや、酔っ払いならばと話をしたのは自分だが。
「……そういう物なのか?」
「そーゆーもんなの。ウチでもさぁ、結構デカい組織だからガキ抱えることあっけどよぉ、ちゃんと躾けしないと駄目だぜ? こういう界隈だからやっぱなぁ」
「躾けとは、どうすれば良いのだ」
「そりゃ拳骨だろ、アンタなら。いや本気で殴ったらガキが潰れちまうかぁ!」
そんな事を言いながらげらげらと笑いながら酒をガブ飲みする男。
彼自身が仲間による拳骨と共に群れの中に連れ戻されていったのは兎も角として。
はて、やはり躾けというのはしなければならないのか。
しかし拳骨というのは、どうにもーーー……。
「ひぇっ……」
「っ……」
と言うわけで目の前で机を叩き割ったところ、二人が失禁してしまった。
心なしか顔も引き攣っているし、涙を流しているようにも見える。
おかしい。躾というのは泣き叫べば正解と耳にしたものだが。
「それはアンタが悪い」
またしても酒場で件の団体と出会い、また別の男ではあるが、話をしていた。
どうにも自分のやり方は間違っていたらしい。テロという男はこの前の男、リィンの事を謝り序でにこの話を聞いてくれているがーーー……、信じられないほど呆れ返っている。
「子供ってのは単純だがそうじゃない。あぁいうのは機敏に大人の感情を感じ取る物だ」
「……ふむ」
「こちらの組織も阿呆が多いのでな。……しかし、まさか白き濃煙の貴様が子育てとは」
意外かと問えば当然という答えが返ってきて。
大体そんな事の繰り返しで、あの子供達は育っていった。
いつしか、気付けば自分が衣服がどうだの煙草を吸い過ぎだのと世話をされるかようになっていたのは、今でも何故だかは解らない。
しかし、結局はそれが人生というもので、彼女達の半生というもので。
自分はそれ等に関わって、生きてきたことだけは、間違いないのだろう。
「…………」
だからこそ、この景色こそが、自分の人生に相応しい物だと解る。
眼前には絶望、手元には戦う術、後方には仲間と家族。結局、そういう人生なのだろう。
つい先年まで名すら無かったこの生涯の、何処から間違えたかさえ解らぬ生涯の。
終止符と、なるのだろう。
「……レヴィアさん、彼の相手は私がしましょう。貴方は今暫く力を蓄えてください」
「良いの? 今の貴方はあの鎖の召喚で魔力を……」
「これぐらいは私の役目ですよ」
槍を召喚し、[嫉妬]は半ば疲労感さえ見せながら水龍の尾より跳躍する。
確かに彼は強い。あの老父も全盛期は傭兵として名を通した人物だ。
然れど今は違う。年老い、未だその技術を衰えさせずとも肉体的には遙かに劣ってしまった人物だ。
この場に居ることでさえも、余りにーーー……。
「足りぬなら、補おう」
確かに彼の指にはパワルの宝石があった。
確かに、あったのだ。その五指全てを覆い尽くす、魔法石が。
一つでさえ肉体を強化させる代物だ。五重ともなればその効果は絶大である。
然れど反動もまた、代償が如く。
「所詮、弱者。ならば削るより他ないのだ」
白煙、空を舞いて、天を絶ち昇る。
枯れしこの身が何を赦されよう。灰燼が如く散る他なき四肢が、何を掴もう。
否、掴めるのだ。ただ一度だけ、それを握り潰すことなど出来ずとも。
老兵の意地というものが、そうさせるのだ。
「……これは、見誤りましたね」
ぱちり。
仮面の頬端に奔る、摩擦。
バルドの視界からは既に老父の拳が消え去り、同時に、己の肉体の感覚さえも失せていた。
いいや、正しく言うならば肉体の感触を赦されぬと言うべきなのだろうか。
自身を擦った衝撃の、大海を喰らう水龍さえも超える水柱を巻き上げた衝撃の、波動を喰らったが為に。
「……老兵が枯骨を叩きますか」
水龍の尾に踵を躙りて、老父は剛胆を吐き付ける。
指先にある一つ目の紫透に亀裂が走り、僅かな結晶が波立つ水面へ転げていった。
音もなく龍の鱗を這うように、その、蒼快の水面へと。
「凡骨の抗いを、見せてやろう」
「……それは、恐悦です」
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