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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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偽造の頓着


【サウズ王国】

《ゼル男爵邸宅》


「何がどうなっている!!」


リドラは机を跳ね上げるように拳を叩き付けた。

その怒声でメイドは驚くように肩を跳ね上げ、ラテは涙目になるが、イトーとチェキーは眉根を顰めるばかり。

否、顰めざるを得ないのだ。

現在、サウズ王国はスノウフ国聖堂騎士団に包囲され、その指揮を[全能者]ハリストス・イコンが執っているのだから。


「馬鹿な……! 戦況は頓着していたのではない、待機させられていたとでも言うのか!?」


「これ完全に見誤ったわね。相手のやり方とか戦力とかじゃなく、この国の重要性を」


「……どういう事だ?」


「簡単な話よ。だって此所が多くの人の精神的手中だもの」


「さらに言えば反抗組織の要でもある。連中からすれば最早抜け殻にしか見えぬだろうが、それでも潰す意味はあるのだ」


ぎり、とリドラの奥歯が噛み締められる。

誤算、あぁ、誤算だったのだ。この国の重要性など、捨ててしまっていた。

或いは連中の聖堂騎士団が態々歩いてきてくれるならば、可能性もあっただろう。民々を避難させることも出来たかも知れない。

しかしあの球体ーーー……、ヌエの球体の正体を見誤った故の結果だ。

吸収や消滅ではない、転移。それがあの球体の真の意味だった。


「……出るしか、ないのか」


リドラは手元の箱に手を掛ける。

だがそれを止めるようにチェキーが鋭い眼光を彼に向けた。

然れど彼の手が止まることはない。指先は箱の鍵に手を掛ける、が。


「駄目よ、それ。使えば死ぬわ」


釘を刺され、僅かにリドラの指先が曲がった。

知っているのだ、誰よりも。それを使えば死ぬという事は。

使った者がどうなるのかは、誰よりも知っている。


「私達がやるのは、今は留まってるだけのスノウフ国聖堂騎士団が攻めて来た際の対処方法の検討と、内部に攻め込んできた道化師とかいう奴の対処よ」


イトーは地図の上にバラバラと駒を撒いていく。

後方はナーゾルを筆頭とした、メメールとミルキーの指揮によって支援が確立している。

だが問題は前線だ。僅かな騎士とニルヴァー、フレースで支えられるほど容易くはない。

国内に侵入している道化師だけでも手一杯だと言うのに、これからどうしろと言うのか。

そして何よりも、問題は[全能者]ハリストス・イコン。


「……どうすれば」


切迫した声が一室に落ちる。

誰も口を開く事はない。ただその眉根を、歪めるばかりーーー……。



《サウズ平原》


「うーん、ちょっとやり過ぎましたかね?」


ハリストスは陳腐な城壁に囲まれた国を眺めながら、僅かにそう呟いた。

彼の指揮棒がその国を指す、否、刺すことはまだない。

その必要がないからだ。スノウフ国聖堂騎士団とて、所詮は未だ繋ぎ(・・)でしかない。


{……失礼、ハリストス様}


「あぁ、ヌエさん。どうかしましたか?」


彼の脳内を反響するように響いてくる言葉。

常人が聞けば、余りの激痛に己の頭を銃で撃ち抜くだろう。

然れどハリストスは平然と、湖畔をたゆたう静音を聞くかのように微笑みながらその片耳を傾ける。


{あの方の魔力が消えました。……ヴォルグ様は}


「えぇ、死にましたね。残念ながら」


{そうですか……}


落胆し、消え入るように枯れていく声。

やがてそれを尾振りに静寂が訪れるが、ハリストスは茶化すように微笑んでみせる。

尤も、その笑みが彼女に伝わるはずなど、ないのだが。


「まぁ、そう落ち込まないで下さい。これも計画の内だったではないですか。ね?」


{……しかし}


「彼の無念は晴らせば良いだけです。貴方も繭は終わり、蛹となった。ならば後は羽ばたくだけですよ」


悪魔の囁きに、天霊は唇を噤む。

彼女が何かを答えることはないし、その言葉が誰かに届けることはない。

覚悟が決まったのだろう。それ以上は要らぬとでも、言うかのように。


「私達も無駄な妨害(・・・・・)がなければもう少し早く到着したんですが、

ツキガミが真面目に相手をするものだから……、っと。もう切れてますか」


ハリストスは微笑んだまま、膝の上で指を組み直す。

良い傾向だ。誰しもが、終わりに向かって行く。

今はまだ木偶の坊達に立たせておけばそれで良い。今暫く、ほんの少し待てば彼も動き出す。

自分と似て非なる、然れど同族である彼が、動き出す。


「期待していますよ、[怠惰]」


祝福するように、ただ困惑する騎士達を嘲笑うように。

彼は空高くその掌を広げて、太陽を眺む。

あぁ、何と美しい光だろう。何と綺麗な世界だろう。

この世界が暗雲に覆われ、狂い狂って終焉へ向かえば、どれ程美しいのだろう。

有終の美を飾ってくれるのなら、世界という終わりを見せてくれるのなら、いったい、どれ程ーーー……。


「……あぁ」


褐色の肌、小さな唇に指先を宛がって。

艶めかしく嗤いながら、少年は己の指先を舌先で舐め執った。

妖艶、ではない。その様に奇妙な色気こそあれど、決して妖艶ではない。

その姿は、正に、狂気的であり。


「胸が、踊りますねぇ」


未だ戦況は頓着。作り出された偽造に気付く者は居ない。

悍ましき有終の美を追求せし者の狂気に、気付ける者さえもーーー……。




読んでいただきありがとうございました

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