雷撃は魔創を穿つ
【荒野】
「あーもー、マジ有り得ねぇ」
メタルにとって状況は最悪だった。
彼は単体戦闘型である。即ち、一対一でこそ真価を発揮する。
魔剣という武器のみに頼った戦闘による四天災者は、言ってしまえば酷く役立たずなのだ。
ダーテン・クロイツのように支援特化ではない。彼ならばきっと自身を強化して軽く天霊を吹っ飛ばすはずだ。宗教的に有り得ないけれど。
イーグ・フェンリーのように軍戦特化ではない。彼ならばきっと様々な方法を駆使して天霊共を追い込むはずだ。その前に自分で突っ込みそうだけれど。
メイアウス・サウズ・ベルフィゼリアのように広域戦闘特化ではない。彼女ならばきっと腕の一振りで天霊共を吹っ飛ばすだろう。この場には居ないけれど。
「……ったくよぉ」
彼はそんな事を思案しながら鮮血に塗れる片腕を抱える。
痛い。掠り傷からの血が止まっては新しい傷が増える。
外套は燃えるし髪先は喰い千切られるし、散々だ。十円禿とか出来てないだろうか。
「本当、有り得ねぇ」
繰り返す。彼は単体戦闘型だ。
だから天霊共を一体倒そうとすれば百体から攻撃を受けるし、百体を斬り飛ばそうとすれば千体から防御される。
散々だ。散々である。だから。
ーーー……彼は、一体を的確に殺し続け、既に千を超える天霊を殺していた。
幾千幾多の攻撃を受けようとも、狙いを定めた一体を執拗に殺す。
例えその者が逃げようとしても、確実に、絶対的に。
{…………!}
天霊からすれば恐怖の権化だ。
幾ら攻撃しても死なないし止まらない。
狙いを定められれば確実に殺される。
目の前で、同族が叫び声を上げながら逃げようとして、それを止めようとしても決して止まらない。
こんな事なら腕の一振りで殺された方がどれだけ良かっただろう。こんな恐怖を感じずに、ただの一瞬で殺された方が、どれだけ。
「メイアウスは大丈夫かなぁ」
ふと、恐怖の権化は空を眺めながらそんな事を呟いた。
自分でこんな状態だ。まぁ、奴ならば大丈夫だとは思うけれど。
多分、メイアウスにとってあの男はーーー……、最悪の相性だろうし。
【平原】
{見事な物ではないか}
雷撃纏いし天霊は、口端を吊り上げて嗤っていた。
全身には裂傷と撃痕。息は酷く切れ、瞼は閉じることを拒否するが如く、極限まで見開かれている。
その歯牙でさえもまた、眼前にて大地に伏す女を嘲笑うように。
{やはり、予想通りだ。なぁ? [魔創]よ}
天霊は嗤う。全て読み通りだ、と。
彼は初手から全力だ。肉体を捨て、死終の天霊化さえ厭わなかった。
相手が四天災者という時点でそれでも足りぬのだが、それで良い。
何故か? 答えは至極単純。自分達が本気であろうと、奴等が本気を出すことは出来ないからだ。
{必然。貴様等が本気を出せばこの星が死ぬ。だが、我々のような星の生命である天霊は星を傷付けることが出来ない。それは裏を返せば星を壊さぬということでもある}
差だ。
四天災者の力は既に星の中で収まる次元ではない。
それに対し天霊達は星より生み出された存在だ。その物を壊す事はないだろう。
故にその差。全力を出せば済む者と全力を出せず微量な加減を強いられる者。
それは決して大きな差ではない。しかし、彼等の戦いの中では例え針先程度の差であろうとも、余りに大きい。
何よりもその差は、皮肉にも彼等が弱者故に成り得たこと。天霊の、弱者故の強さ。
{貴様と顔を合わせるのもこれで最後になりそうだな? 四天災者[魔創]メイアウス}
雷撃は天に轟き、曇天へ黄金を刻む。
ただ天を指差すその者の頬は酷く裂けていた。
傲慢と殺意に塗れ、恐怖と警戒に裂けた、その牙が。
{隙を突けると思うなよ。貴様と対峙した時から、油断などありはしない}
頬端に冷汗を垂らしながら、天霊の口端は僅かに歪む。
未だ信じられる物ではない。あの四天災者を、自分は殺せる立場にある。
何という傲慢、何という恐怖。これが現実かどうかさえ怪しい。
だが間違いなく現実だ。これは、決して違うことなき現実。
「忌々しい、天霊め……!!」
{呪言は地獄で吐け、女狐}
刹那、曇天より放たれし雷撃がメイアウスを穿つ。
然れど彼女は岩盤の盾を展開、同時に雷撃を打ち消した、が。
たった一発ならば耐えられただろう。或いはその威力であれば。
だが、天霊の放った一撃は、余波でしかなかった。
彼女の召喚した岩壁を木っ端微塵に粉砕した、それは。
{愚天の奏者ッッッッ!!!}
絶叫は、確信を孕んで。
メイアウスの眼前は純白に染まり、否、無となって。
彼女の肉体は余りに呆気なく、余りに一瞬で。
灰燼となりて、消え、果てた。
{…………は}
引き攣った笑いが出る。
否、笑うな。ここで笑うべきではない。
現実を見ろ。まだ戦いは終わっていないのだ。
幾ら計算通りに進もうとこれは戦場。終わるはずなどない。
例え四天災者一人を殺したとて、こんな物で。
{まずは、サウズ……!!}
彼の殺意に呼応するが如く、曇天が轟いた。
或いは精神の嗤叫を代吼するように、ただ。
黄金だけが暗雲の中に、蠢いてーーー……。
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