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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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琥珀の中に舞う


「ッ……!!」


弾かれたように、グラーシャの腕は彼の眼前へと向けられる。

至近距離での時間停止。彼自身の動きを縛るには充分だ、が。

クロセールが見す見すそれを行わせるはずなどなく。


「一手遅い!!」


グラーシャの顎先を脚撃が擦る。

衝撃は脳髄に直撃し彼の意識を刈り取ろうとする、が。

執念染みた眼孔が衝撃を喰い殺さんばかりに充血と共に焦点を引き戻した。

だが、その眼が捉えるのは隙だらけの男などではなく。


「遅い、と言ったはずだ」


刹那、琥珀の刃が操刻の頬を裂いた。

弾丸のように弾き出された拳撃に纏われた刃を彼が躱せるはずもなく。

一歩、二歩と躓くように後退しながら、否。

彼はそう後退せざるを得ず、無様に階段から転げ落ちるしかなかった。


「がっ……!!」


脳を揺らされながら、耳膣を激音に貫かれながら。

彼は全身の激痛を感じるよりも前に、その先の自身を理解した。

下にあるのは人形共の残骸だ、が。それ以前に、琥珀の氷柱がある。

このまま階段から転げ落ちれば、数秒後には。


「ーーー……時よッ!!」


刹那、などは存在せず。

その瞬間より彼の世界は、階段から僅かに浮き上がった身体は、氷柱の寸前で停止した。

あと数瞬遅ければ自身の腕は貫かれ、臓腑は凍冷に喰われていただろう。


「どうした」


そんな彼を見下すことも、侮蔑することもなく。

彼は迫ってくる。ただ琥珀の氷結を背に浮かべ。

純然たる感情を持って、自身に双眸をくれるのだ。


「っ……!」


グラーシャはその場で体勢を整え直し、階段の一歩目へ脚を掛けた。

最早、彼の思考に人形共を操るという選択肢はない。

それは単純に焦燥によるものだった。彼が、クロセールが自身へ追いついたということへの焦燥。

そして操刻なる、自身に赦された力への疑惑という名の焦燥。


「僕は、僕はっ……」


絶対的な優位は揺らぎ、絶対的な距離は壊れ。

気付けば自身はそこに居た。彼の眼下に、今。


「こんな、ところで……!」


躓きながらも、彼は煤け、凍てついた段差を跳ね飛ばすように上がっていく。

いや、その姿は最早上がるというよりは這うに近い。

憎悪を具現化したかのような、その復讐者の姿は何処までも無様で、何処までも惨烈なものだった。


「止まれないんだ!!」


絶叫と共に爪で空を掻き毟り、彼は階段を駆け上がる。

奇しくも先と反転したその光景に、余裕が潰れ切迫した彼の眼光に。

ただクロセールは哀れみと、喪失を。


「貴様が何を見てきたのか、問いはしない」


自身の背後に氷結の弾丸を装填しながら。

彼は静かに手を翳し、鮮血伝う片瞼を閉じたままに歯を食い縛る。

疼痛に耐えるためにではない。ただ悲嘆を押し返すために。


「だが、そのままの貴様を見ているのはーーー……、苦痛だ」


クロセールの一撃は、彼の右足を狙う。

確実に脚一本を吹き飛ばす一撃だ。治癒も、瞬間的な冷凍が赦さないだろう。

だがそれは同時に出血も赦さない。彼がこの一撃で死ぬことはないはずだ。

激痛による衝撃さえも、今の彼ならば弾き飛ばすだろう。


「頭を冷やせ、グラーシャ」


煌めきの結晶を突き抜けて、氷弾はグラーシャの脚股を貫いた。

僅かな鮮血が飛散し、周囲の煤を上擦って琥珀の中へ溶けていく。

彼はそのまま前面へ転倒するように手を伸ばしながら、階段へ顔を打ち付けた。


「…………馬鹿者が」


一瞬。形勢が逆転すれば、脆い物だった。

確かに彼の言う通りこれは戦いではなかったのだろう。

ただの復讐だ。優勢も劣勢もない、グラーシャという男の我が儘。

たったそれだけの、話。

故に終わりもまた、これ程にーーー……。


「……?」


ふと、違和感。

一瞬、自分の周囲が揺れたような、生温い風が吹き抜けたような感触を覚える。

人形共が何かしたのかと見るが、別段、司令塔を失った連中が動いた様子はない。

かといって外気が急に温かくなった訳でもあるまいし、と。

彼はそんな風に周囲を見渡し、気付く。


「……何だ、これは」


己の臓腑が、腹から覗いていることに。


「がふっ……!?」


流血が口腔から溢れて喉を潰す。

脇腹から臓腑が零れるよりも前に冷凍こそすれ、体内に流れる流血が止まるはずはない。

何故だ、何故だ何故だ何故だ。

時間停止を喰らったか? 否、それに対抗する術は持っている。

サウズ王国でやったように、自身も停止の世界には介入出来るはずだ。

だと言うのに何故、何が、起きた。


「……想いの力、なんて陳腐な言葉かな」


彼は立っていた。砕けたはずの脚で、何という事もなく。

ただ平然と、クロセールの背後に、立っているのだ。


「君達がその力で動いているのなら、覚悟を決めたのなら」


振り返ったクロセールは、否、振り替えれない。

半身は僅かに動くが、その先を赦されないように停止するのだ。

違う、これは停止ではない。遅延だ。


「僕もまた、覚悟を決めたよ」


その男の周囲は異空と化していた。

空気中の埃は全てが停止し、彼の周囲に近付く度に止まり、過ぎ去る度に加速していく。

繰り返そう。それは停止ではない、遅延なのだ。

故にクロセールは介入出来ない。単一に伸ばしたが故に。

その者のさらに一歩先へと、対応出来るはずなどない。

限り無く停止に近い遅延などに。


宵闇の劫刻(メビウス)。……終わりなき刻だよ」


世界は彼の物となる。

刻という、世界は、ただ。

終わりすら赦されぬ、永劫の元にーーー……。




読んでいただきありがとうございました

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