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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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無の笑顔


【スノウフ国】

《大聖堂・礼拝堂》


「魔力の波があるね」


彼は陽の光が差し込む、然れどもう数刻もすれば雪に覆い隠されるであろう天蓋を眺めていた。

世界の様々な場所で魔力が激突している。それこそ、水面を掻き回すように。

幾多の泡沫が浮かび弾けていく。幾億の衝撃が己の指先を震わすように。

これは戦いなのだろう。最後の、戦いなのだろう。


「皆、戦ってるんだよ」


彼は、流血する腕を揺らしながら歩いて行く。

然れど所詮は掠り傷だ。二の腕を僅かに切っただけでしかない。


「だから僕も行かないとね」


だが、彼の周囲はその傷に叛すが如く、崩壊に覆われていた。

幾つもの長椅子は砕き割られ、聖母像も幾多の亀裂が奔り、顔面部分は欠けている。

壁面もまた多くの裂傷と瓦解に苛まれ、冷風が吹き込んできている。

それ等の中心に叩き込まれた彼女を、刺すように。


「ラッカル、致命傷ではないはずだ。救護班を呼んでおくから手当てして貰うように」


そう言い残し、礼拝堂の門を開こうと手を伸ばすダーテン。

然れど彼の腕が扉に届くことはなく。

指先に絡みついた茨が、それを赦すことはなく。


「……まだ、戦うのかい?」


ラッカルは傷付き、痛ましい傷々を刻まれた四肢を無理矢理引き上げながら立ち上がる。

既に彼女の肉体は満身創痍だった。この、たった数刻の戦闘で、だ。

彼女は決して弱くはない。それこそ封殺の狂鬼、サウズ王国最強の男と並び、精霊の巫女と畏れられた存在だある。

恐らく大国内でも随一の実力を持ち、小国から中国程度ならば一人で落とすことも容易いだろう。

或いは大国にでさえ、抗うことも出来るかも知れない。


「当然でしょ……!」


そんな彼女であろうと、四天災者には手も足も出ない。

精霊召喚も、憑依も、何もかもが全て容易く叩き折られる。

同系統だからこそ、無意味なのだ。全てを上回れるからこそ、意味がない。


「ラッカル、僕の覚悟は君ならば、君だからこそ解ってくれると思っていたんだけれどね」


「覚悟? 逃げの間違いじゃなくて?」


からかうように、いや、事実からかって。

彼女はケラケラと嗤いながら、衣服を刺す木片を抜き捨てる。

その際に棘が指先に刺さったが、痛みはなかった。

いいや、違う。感覚がないのだ。最早、指先だけではなく腕さえも。

魔力欠乏の症状だ。奥の手の憑依を連続させたのが原因だろう。

尤も、その連続憑依による猛攻でさえ彼に傷一つ与えることはなかったのだけれど。


「……逃げと言われればそうなのかも知れないね。現実から逃げて、あの人が居なくなったことを受け入れられないから、今もこうしてる」


ダーテンは、自嘲する如く。

頬端を吊り上げ、肩で息を吐くように振り返った。


「でもね、それでも良いんだ。彼女の、フェベッツェ教皇のあの言葉を取り消せるなら、それでも」


微笑みは、いつものように、彼女へと。

慈愛に満ちた、いつものように優しい微笑みだ。

けれど、それは、恐ろしく冷たくて。


「……ほんっと」


ラッカルもまた、彼のようにいつもの微笑みを浮かべていた。

だが、その微笑みにいつものような喜楽はない。

ただ、苦笑するように、侮蔑するように、涙を流すように。


「ダサいわよ、今の貴方」


彼女の烈脚が空を切る。

魔力を纏わぬ格闘の一撃であるが、それでも威力は一級。

直撃すれば骨々を軋ませるであろうそれを、ダーテンは打ち払、わない。


「……」


首筋へ直撃。

ラッカルの細長く鋭い脚にはみちりと嫌な感触が伝わった。

否、その感触は伝わりこそしたが、砕けはしない。

突き抜けた衝撃が跳ね返るように、彼女の脚を痺れさせるのだ。


「ッ……!」


筋力のみで、弾き返された。

いいや違う、彼は力さえ込めていない。

ただ自身の蹴りが、彼の肉体による無意識の壁に跳ね返されただけなのだ。

だと言うのにこれ程、まるで、鉄壁を蹴り飛ばしたかのような。


「ダサくても、やらなきゃならない時があるんだ。人にでも、獣にでも、誰にでも……」


ダーテンの人差し指が、ラッカルの眉間を付く。

幾時と同じように、先刻と等しいように。

彼女は凄まじい速度で鉄鎖に首を引っ張られるが如く吹き飛んだ。

肉体は礼拝堂の木椅子を五つほど貫いて、壁面に叩き付けられる。

臓腑を潰し、骨々をひび割れさせ、肉を爆ぜさせるほどの衝撃と共に。


「ラッカル。僕は、したくないんだ。君を殺すなんてことは、したくない」


「ご、ふっ……」


迫り上がる鮮血が臓腑を埋め尽くす。

肺が破れたか、胃が潰れたか、肝が抉れたか。

何にせよ、蓄積した肉体への衝撃が、死へと到りかけている。

見えてくる。見えてしまう。死が、眼前へ。


「けれどね」


また、微笑んだ。

然れど彼の笑みは先程より晴れ晴れとした、いいや。

全てを諦めたかのように何も持たぬ、無の笑み。

間違いなくその笑みに感情はなく、然れど幾億の意味があり。

笑みと称すには、悍ましく、恐ろしい代物だった。


「君が死んでもまた生き返らせれば良いんじゃないかな、とも思っているんだ」


光が、消えた。

否、それは光ではない。

彼女の世界だ。彼女の世界に存在する光だ。

天蓋から差し込む光ではなく、ただ。

ありもしない希望で作られた、彼女の世界。

彼女の世界を照らす、ありもしない希望という名の光。


「……貴方は」


光をなくした世界から流れ出る雨。

それは、誰に求められぬ涙となって。


「もうっ……」


無だ。全てが、無だ。

彼の微笑みさえ、世界の光さえ。

全てが、無ーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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