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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
766/876

衝突の海岸

改めて、実感する。

己の胸元から流れる鮮血が、肉体を斬り刻むかのような激痛が。

震える指先、顎先に付着した砂粒、轟く荒乱の濁流音。

嗚呼、そうか。そう、改めて実感する。

自分は人外魔境の化け物共が前に立っているのだ、と。


「クソが……」


罵倒を吐き出しても、誰に向かうでもない言葉。

傷は浅い。皮膚の表面と肉を少し斬っただけだ。

直前で僅かに身を引いたことが功を奏したか。

いやーーー……、裏を返せば逸らさねば即死も有り得たということだ。

決して、楽観視は出来ないだろう。


「スモーク、こっからどうすべきだと思う」


「……どう、か」


歴戦の傭兵であるスモークから言わせれば、ここで取れる手は一つしかない。

逃げ、だ。こんな絶望的な戦い、挑む方がどうかしている。

しかしその選択肢はない。有り得るはずなどない。

で、あれば。絶対的に敵うはずのない相手となれば。

必然、手は一つしかなくなる。


「時間を稼ぐ他あるまい。儂等では奴等を殺すことは出来ぬ」


「だろうな。となりゃ、計画の発動を待つばかりだが……」


デッドとスモークの間に撃ち込まれる、水弾。

その威力は砂を抉りその下層の岩地を砕くには充分だった。

否、人体を砕くにも、充分過ぎるほどに。


「……この一撃でさえ、まともに打ち落とせるのはファナ・パールズのみだ。真正面からは決して戦うな。溺め手を使え、絡め手を使え」


「ハッ、了解ーーー……」


彼等の言葉が終わらぬ内に、二人は双方へ跳躍する。

直後、その場には数えることさえ、数ではなく速度故に数えることさえ叶わぬ水弾が撃ち込まれた。

砂浜は一瞬にして抉り反った岩場となり、砂塵は空を舞い果てる。


「……チッ」


ファナは水弾を放つレヴィアへ狙いを定める、が。

直後、彼女の髄に短く区切ったかのような叫びが響く。

足下だ、と。


「ッ!!」


跳躍した彼女の靴底を銀の刃が擦り斬った。

否、それだけではない。刹那で回避した刃の先端にもまた、魔方陣。


「何ーーー……ッッ!!」


太股裏を潜り抜け、脇腹を割き、頬端を擦る。

その一撃が回避出来たのは最早奇跡に近かった。自身の肉体を縫うように放たれた、一本の槍を。

だが、さらにその槍から幾多の魔方陣が重ねて召喚、される。


「させるか……ッ!!」


彼女の砲撃が槍を焼き潰し、同時に衝撃波は自身を吹っ飛ばした。

幸いにしてその場は砂浜。叩き付けられようと細かな砂々が衝撃を緩和する。

だが、それは同時に踏み込みが出来ぬほど柔らかい大地であることを示す。


「……!」


一歩、遅れた。

元より中距離から長距離戦闘を得意とする彼女だ。

決して機動力は高くない。故に、一歩遅れてしまった。

砂浜に足が取られ、僅かな、一歩を。


「残念だったね」


耳から這い流れるような、声だった。

脳を掻き鳴らし、否、掻き乱し。

髄汁を啜り出すような、余りに、悍ましい声。


「君はここで終わりだ」


直後、ファナの周囲に幾千の魔方陣が出現する。

全方位。逃げ場はない。赦された空でさえ、遠い。

彼女は崩れゆくような体の感覚を感じる暇もなく、ただ遠方で己の名を叫ぶ男達の慟哭さえ耳にせず。

その男の姿を、見ていた。


「ーーー……」


弱者らしく怯えていれば死ななかったのにね。

彼の唇が、そう動いたように思えた。

いや、実際そうなのだろう。彼はそう侮蔑したのだろう。

そうだ、事実そうだ。怯えて、縮込まって、膝を抱えていれば死ななかった。

死には、しなかった。


「だが、それは他ならぬ私としての死だ」


彼女の華奢な腕が、砂浜を穿つ。


「……何を」


周囲に刃が召喚され、幾億の針山が如き無尽の斬撃が喰い込んだ。

ファナの肉体は白銀の棘に切り裂かれ、骨肉が捻り切れ、臓腑が散飛する。

黄金の砂浜は刹那にして真紅と欠片の白に染まり、人が嗅ぐ由もない異臭が吹き出す。

それは、余りに、一瞬の出来事であり。


「……さて、次は貴方達です」


彼は腕を振り払うようにデッドとスモークへ照準を定めた。

何ということはない。後は害虫駆除より簡単な話だ。

この場で一番厄介なファナは潰した。となれば、最早、後は。


「[嫉妬]っ!!」


レヴィアの叫びと共に自身の影が、逸れていく。

足下を潜り抜けるかのように、自身の前へと。

自分が移動した訳ではない。地面が躍動している訳でもない。

で、あれば。理由は一つ。

光源のーーー……、移動。


「……馬鹿な」


自身の頭上に存在するは巨大な光球。

太陽が如き輝きは全ての影が逃げ惑うほどに煌輝であり。

そして何よりも、海上を蒸発させ白煙を舞わせるほどの、灼熱。


「弱くないなど、ない」


それは彼女の白煙による蜃気楼の幻覚。

幾ら歴戦を超えたとは言え、ファナは未だ二十にもならぬ少女だ。

経験と成長。それこそが、彼女の真価を目覚めさせた要因である。


「……私を舐めたな? バルド・ローゼフォン」


白炎の砲撃は、水球を貫いて。

ただ唯一の閃光となり、男へ迫る。


「……ッ!!」


幾度の盾も、白銀の壁も、全て貫かれて。

一糸が如く収束されたその一撃はバルドの頭蓋を貫いた。

レヴィアが防御に回る暇すらなかった、或いは水球という防御すら貫いた迅速貫通の一撃。

それは、その男をーーー……。


「やれやれ、仕方ない。これは使いたくなかったんですがねぇ」


その言葉と共に、バルドの頭蓋から、否、正しくはその傷口から魔方陣が放たれる。

巨大な、武器召喚の比などではない魔方陣。

その輝きでさえも、ファナの光球に匹敵せんばかりの、煌めき。


天肢を束縛せし罪鎖ザクラ・リウィル・オムヴス


その鎖は四天災者が創り出した天の鎖。

如何なる物よりも強靱であり、強固であり、強烈な。

絶対無比の、天物。


「……さぁ、今少し」


ファナの脳髄を貫かんが如き、双眸。

殺意ではない、憤怒でもない。

それはただ、笑み。仮面よりも悍ましい、笑み。


「付き合って貰おうか」



読んでいただきありがとうございました

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