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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
762/876

未だ開始せぬ接戦


【サウズ王国】

《城壁外郭》


「…………ッ」


誰しもが言葉を失っていた。

スズカゼ達を決意の元に送り出し、必ずこの国を護ると決めた者達が。

その悍ましく、余りに禍々しき存在を前に。

言葉を失わざるを、得なかったのだ。


「こんな、物が……」


影。

否、それは最早闇影(・・)と称す方が正しいだろう。

大地を這い、人に従属するばかりの影ではない。

それどころか大地を覆い、人を喰裂するだけの存在なのだ。

漆黒の、大国の城壁にさえ匹敵する容量を持つ、半球体なのだ。


「……」


その球体に対峙するのはニルヴァー。

彼は刃毀れしたナイフのみで、その異様なる存在に立ち向かっていた。

いや、正しく言えばそんなナイフのみで立ち向かった訳ではない。

数丁の拳銃と数本のナイフ、そして様々な小道具を装備して、万全な状態で立ち向かったはずだった。

それを全て叩き落とされ、砕き割られ、劣悪な状態と成り果てているだけなのだ。


「……チッ」


一歩、ニルヴァーが球体との距離を縮める。

同時に幾千の刃に等しき闇が彼を斬り裂いた。

瞬速。音域さえも赦さぬ闇の閃光。

然れど、その上で彼は直撃をナイフで弾いて自身の衣服や肌先を削る物ばかりを受け止めたのだ。

所詮は様子見。それ以上の踏み込みは行わず、大地を蹴るようにして撤退する。


「…………」


やはり、これは一種の装置(・・)だ。

一定以上接近すれば音速領域の刃が対象を斬り刻む。

刃の正体は魔力で更正された一種の物体だ。故に、あの球体もまた魔力で構成されたのだと解る。

試しに壊される前の銃で幾度か発砲してみたが、傷一つさえ付かなかった。


「……ふむ」


それだけならば何ら問題はない。

距離を取りつつ、時間を稼げば良いだけだ。

相手も天霊とは言え魔力で構成された存在。やがて消耗すれば解除せざるを得ない。

だが、あの球体はーーー……、確実に拡大している。

一分間で数メートル程度。残り一時間か二時間もあればサウズ王国まで到達するだろう。

そして日が沈むまでの時間があれば、あの国など容易く飲み込むだろう。


「…………」


如何様にした物か。

武器は刃毀れしたナイフ一本。

相手は人智を超越した化け物。

しかも防衛戦で、戦況は最悪。


「……」


僅かにニルヴァーの指が動いた。

黒眼鏡の奥底は歪み、黒衣に覆われた口は裂け嗤う。

それは確かに、その男が浮かべるはずもない笑みだった。

然れど皮肉にもその笑みは、本来浮かべるべき存在によって、掻き消される。


「加勢するのよね!」


ニルヴァーの背より幾空を縫い、球体に直撃する弾丸。

彼女はその弾丸が闇影の刃によって弾かれると共に彼の隣へと舞い降りた。

フレース・ベルグーン。彼の、妻は。



《住宅街》


「フレースちゃんも頑張ってるみたいね」


「ならば、我々も頑張らねばなりませんな」


住宅街へ侵入した道化師を迎え撃つのは、ラテナーデ夫妻。

そして幾多の建築物の屋根や内側より彼を狙う騎士団と、逃がさないと言わんばかりに覆い囲む刃々。


「ドル、久々の戦いだけど腕は鈍ってないでしょうね?」


「…………」


美女と野獣ーーー……、とでも言ったところか。

華奢ながらもすらりと鍛え上げられた妙齢の女性。

豪腕剛脚にして骨肉隆々な文字通り筋肉で出来た大男。

ラテナーデ夫妻。ギルド跡地にて月光白兎なる酒店を経営している彼等だが、元はギルドに務めていた者達だ。

ドルグノムは妻であるラテナーデの言葉に大きく頷き、豪腕を打ち付ける。

その衝撃だけで道化師の髪は靡き、騎士達でさえもおぉと唸るほどだった。


「ここから先には進ませないわよ」


「我々騎士団もーーー……、微力ながらに」



《ゼル男爵邸宅》


「城壁外郭でニルヴァーとフレースたんが、内部ではラテナーデたんとその夫、騎士団達が戦ってる」


円卓に広げられたのは四大国を頂点として表した円形の世界地図。

そして現在のサウズ王国を記したそれよりも一回り小さい地図。

彼等はその二枚の地図上に幾つかの駒を動かしながら、話を進めていく。


「イトー殿、現状は接戦しています。メメール殿とミルキー女王による後方指揮、ナーゾル国王による民衆誘導による撤退。不備はないと言って良い」


「まだよ、チェキーたん。状況はまだ始まってない。そう、私と貴女の恋のように……」


「冗談を言っている場合ではないでしょう。貴方の言うとおり状況は未だ始まっていない。……いや、始まっているはずなどない」


リドラは駒の先に指を添わせながら、強く眉根を顰める。

駒の動きを見れば見るほどに、イトーが感知する魔力の地点を探れば探るほどに。

自身の思考は袋小路に入り、繰り返され、引っ繰り返り、消えていく。


「奴等の目的は、何だ?」


結局はその一点なのだ。

ツキガミの復活やスズカゼの確保は解る。

いや、解るからこそ、今の動きが解らない。


「この動きは各地を殲滅する動きだ。各個撃破。あぁ、奴等の戦力なら有り得るだろうが、そうだとしても殲滅するなら何故今になって動き出した?」


「それなのよねー。やっちゃうなら一気に叩けば良いし、やるなら前にやっちゃえば良い。だと言うのに、何で今更……」


思案する彼等の隣に、メイドとラテが珈琲を運んでくる。

それを受け取りながら皆は一口飲んで、静かに息を吐き出した。

喉元から抜ける芳醇な香りを味わう暇もなく、空泡と共に飲み込んで、再び眉根を顰め込む。


「……違和感があるな」


「あぁ、少し思案する必要があるようだ」


「全く、面倒だわぁ……」


彼等はもう一口、珈琲を飲む。

チェキーは今一度大きくため息を零し、リドラは強く眉根を摘んで。

イトーはひりひりと痛む舌を出しながら、メイドに砂糖とパンツを要求するのだった。



読んでいただきありがとうございました

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