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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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終止符さえも穿ちて


「……こんな、事が」


オクス達は、ただ言葉を失うばかりだった。

自分達が立っている場所でさえも危うい、周囲を巻き込んだ破斬の戦乱。

その結末は、彼女達は心の何処かで確信していたが、スズカゼの勝利となるはずだった。

幾らデモンが強靱であろうと、それはあくまで獣人の領域。

嘗て大監獄で戦った時には少なくともスズカゼが圧倒していたはず。

故に、この勝負もスズカゼのケジメに近い、ただの初奏だっただろう、と。

心の隅で、安堵していたはずなのだ。


「有り得るのか……!」


圧倒。

ただ、圧倒。

最早、スズカゼの剣閃は擦りすらしない。

全てが紙一重で躱され、一撃は容易く彼女を破壊する。

獣の嗤叫のみが響き、時折混じる彼女の苦悶。

彼女達は、余りに圧倒されていた。極地へ到った、獣を前に。


「…………ッ!」


介入する、という言葉が口から出ない。

恐らく、いや、確実に今、自分達が介入したとしても邪魔にしかならないだろう。

それどころか足手纏いにすらなるはずだ。彼女達の、戦乱では。


「……見守るしか、ないというのか」


ギリと、白銀の義手が軋む。

大鎌の柄を握り締め、ハルバードを抱き締めるように。

彼女達は崩壊の最中でそれを見詰めるしかない。見守るしかない。

その戦乱は正に、人間や獣が到り得るはずもない、領域。


「ーーー……あぁ、畜生め」


瓦礫の中に埋もれながら、彼女は悪態を零す。

紅蓮の刃を持つことさえ限界に近い。あの男を前に、最早立つことさえ叶わない。

次第に再生するだろう。次第に再誕するだろう。

そうすれば立てる。嗚呼、立つだけなら可能だ。


「ク、ケハハハハハハッ」


然れど、あの獣を前に。

あの化け物を前に、立つだけで何になる。

幾度立ち上がろうと、斬り掛かろうと結果は同じだ。

今、自分はあの獣より弱い。それは間違いないはずだ。

間違い、ないから。


「ケハハハハッハハハハッハハハッッッ!!!」


豪腕がスズカゼの頬を穿つ。

跳ね上がった肉体が再び大地に墜ちることはない。

空のまま連撃。幾千幾多の拳がスズカゼの腕脚をへし折っていく。

臓腑さえも潰れ、頭蓋が砕かれ、骨肉は穿ち抉れ。

そしてやがて、その心臓さえも。


「えぇ加減に」


豪腕、掌握し。

先程までの再誕速度の数倍、否、それすら上回り。

彼女の眼は、焔を点す。


「しとけやァアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!」


デモンの顔面に滅り込む拳。

顎先が砕け、歯牙が折れ、皮膚が千切れる音が脳髄に響く。

首骨さえもねじ曲がり、頸動脈は破片によって引き裂かれた。

血塊どころではない。最早血管の破片さえ孕んだ鮮血が、獣の口腔より吐き出される。


「断ァアアアアアアアアアアアアアるッッッッ!!!」


然れど、然れど、然れど。

その獣が止まるはずはない。止まれるはずなどない。

眼前の女が刹那にして昇華したのと同様に、その獣もまた極地を越えようとしていた。

剣閃は音を伏せ、斬撃は光を斬り裂き、一閃は意識をも斬り置く。

腕閃は音を殺し、拳撃は光を穿ち潰し、連閃は意識をも殴り抉る。


「デモォオォオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!」


「スゥゥウウウズカァアアアゼェエエエエエエエッッッ!!!」


大地を揺るがす咆吼と共に獣と女が激突する。太刀と拳が激突する度に大地が抉れていく。

刃が拳を裂いた。拳が腕を折った。

然れど紅蓮の焔は血肉を再生させ、然れど強靱な筋は骨肉を束縛させ。

限界なぞ捨て去った。極地など踏み躙った。

崩壊さえも慟哭に飲み込まれ、拳撃は幾千幾多の斬撃に斬り裂かれ、剣閃は幾千幾多の拳撃に押し潰され。

閃光、連撃、一閃、剣閃、破槌。

拳撃がスズカゼの眼孔を抉った。剣撃がデモンの臓腑を斬り伏せた。

血みどろなぞと、軽々しい物ではない。最早彼等の居た瓦礫の岩上は紅色に染まっていた。

焔の残奏が四肢を燃やし、衝撃の追演が臓腑を捻る。

一息すらない剣撃。絶息すら赦されぬ拳撃。


「ォォオオオァァァァアああああああああああああああああッッッッ!!!」


「ウォォオォォオぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッッ!!!」


決着は、刹那。


「ーーー……ッ!!」


デモンの拳撃が、逸れた。

否、違う。確実に当たったはずだ。

然れどスズカゼは自身の骨肉を潰すように。

身体の限界を超えた、回避を決行。

背骨が減し曲り、臓腑が潰れ、鮮血が眼孔まで迫り上がろうと。

彼女はそれを、避けたのだ。


「逃がしはしない」


そして、その刹那こそ決着の楽譜。

拳撃が逸れ、伸ばしきった肉体。

糸を縫うように見える頭蓋こそが、一点の刹那。


「終わりです」


真焔の太刀が衝撃を斬り縫い、彼の頭蓋を貫いた。

そして脳髄さえも焼き尽くす紅蓮を放ち、デモンの膝が崩れていく。

否、彼は膝を、崩したのだ。


「なーーー……」


刹那はまた、獣にもあった。

彼女の刃は頭蓋を貫いてなどいない。

ただ、その鋒が削り取っただけのこと。

ただ、獣が極地を超えた領域に到り付いたのこと。

故にーーー……、立場が逆転する。


「終わらせてやる」


微塵さえも残さず。

全ての力、己を賭けた一撃。

例え模造の神とて、その拳は消し去ろう。

咆吼は、天を、穿つ。


「スズカゼェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッッッッッッ!!!!」


拳撃は、天を突く。

彼女ではなく、天を。


「ーーー……ぁ?」


屈めたはずの膝が、崩れていく。

その両脚が大地に墜ち、肉体から全てが抜けていった。

力も、咆吼も、苦痛も、何もかも。


「……ンだ、これ」


必然だったのだろう。

演奏に終止符があるように、喧騒にも終わりはある。

確かにデモンは急激な成長を見せた。この戦いの中でさえ、戦乱の途を辿った。

故に、なのだ。それこそが彼の終わり。

肉体が限界を、超え過ぎたのだ。


「……ケハハッ」


次第に、笑みが零れていた。

悔しい。あと一瞬、その刹那さえあれば。

だが、不満はない。あるのは悦楽と、少しだけの悔い。

違いなく全てを出し切った戦いだった。全てを喰らい切った戦いだった。

ならば、それこそが己なのだろう。デモン・アグルスという獣なのだろう。


「ありがとなァ、スズカゼ・クレハ」


その礼、一言でさえ満足に出し切ることは出来ない。

四肢が亡失したようだ。感覚どころか、元々あったかどうかすら怪しい。

理解出来る。自分はもう、死ぬのだろう、と。


「……礼なんて、要りませんよ」


「そう言うなよ……。何かと言って長い付き合いだっただろ」


「そうですね……。ま、そこは否定しませんよ」


「曖昧な答えだなァ……。そんなのだから胸が成長しねぇんだ」


デモンの頭を叩く剣峰。

然れどその峰打ちに力はない。ただ、乗せる程度の。


「胸がデカくなりゃ、お前は良い女になるだろうになぁ」


「なりますよ。多分。来年辺りにはこう、五倍ぐらい」


「……そりゃ面白い。見て、みたかったな」


とん、と。

剣の鋒を摘んで、彼はスズカゼごと押した。

力無き、いや、最後の力だったのだろう。

蹌踉けるように、スズカゼは一歩、二歩と下がる。


「後は任せとけ」


刹那。その、一瞬。

スズカゼの鼻先は闇に覆われた。

眼前全てが豪滝のように抉り返り、全ての闇が喰らい尽くす。

黒焔が、全てを、その、獣さえも。


「貴方が消耗した、その時こそが狙い目ってねぇ?」


太陽を覆い尽くすように、巨竜は姿を現した。

己の心底を掻き立てるような悍ましい声。そして、その姿。

竜の真上に立つのは一人の男。否、一人の天霊。

漆黒の甲冑を纏い、兜より黒煙を吐き出す、天霊。


「デモンさんとの戦いは決して楽には済まないと思っていました。だからこそ、ここが狙い目だった」


「恨まないでね? 戦いって悲しい物なのよん」


静寂に猛る黒炎の火花。

その火花が彼女の髪先を灼いて。

否、その眼に宿る焔が、全てを灼き尽くして。


「…………」


静かに、真焔の太刀を握り締める。

その双眸にあるのは憤怒さえも超越した感情。

憎悪も何もかもを埋め尽くし、ただ、純粋なまでに澄み渡った感情。


「来るよ、ダリオ」


「解ってるってば。デュー」


飛空。否、跳躍。

紅蓮の尾を引きながら、彼女は飛び上がる。

然れどその跳躍に以前の切れはない。

獣との戦闘が、少なからずスズカゼを消耗させているのだ。


「だからこそ、俺達が確実にーーー……、勝てる」


巨竜の口腔に収束される漆黒の焔。

黒き騎士の腕鎧が構える漆黒の大剣。

その一瞬こそが、全てだった。全て、目論見通りに。

たった一つの誤算を除いて。


「馬鹿野郎が」


歯牙にあるのは紅色の結晶。

悪魔の微笑みと取引によって与えられた欠片。

きっと、それを使うことはなかっただろう。

使うはずなどなかっただろう。

然れど、この瞬間だけは。この一瞬だけは。

喰らおう。悪魔の果実であれ。

ーーー……[暴食]の名の元に。


「何ッ……!?」


スズカゼの身が地上へ叩き落とされる。

同時に、巨竜の顎が跳ね上がり、彼等は大きく体勢を崩した。

双方の間に割って入った獣は難なく着地し、面倒臭そうに鮮血を吐き捨てる。


「お前はこんなトコで道草喰ってる場合じゃねぇだろ」


「で、デモンさっ……!」


思わず、喉を詰まらせた。

悪魔の果実による代償は決して少なくない。

神の器を用意されたスズカゼでさえ、賢者の石と呼ばれた物によって変質したのだ。

所詮獣人であるその獣が、限界を超え、既に骸に等しい獣が耐えられるはずなどなく。

その肉体は枯れ果て、炭に等しき色合いとなり、塵屑のように果て始めていた。


「ちょっとぐらいなら時間を稼いでやる。お前は中央近くの、一年前に使ってたあの場所に行け」


「あの場所って……!」


「そうだ。お前が紅骸の姫と呼ばれてたあの場所だ。……あの場所で、全てが始まる」


獣がこちらを見ることはない。

ただ吐き捨てるように、吐き残すように。


「俺に勝ったんだ。負けんじゃねぇぞ」


その豪腕を、ぶらぶらと揺らしながら。


「ーーー……はい」


彼女もまた、奔り出す。

仲間を呼び寄せながら、その場所へと。

残されるのは獣。そして、黒騎士と巨竜。


「逃がす訳ないでしょ!」


巨竜は大欲を羽ばたかせると共に粉塵を舞わせ、大きく飛空した。

その巨体でスズカゼごと躙り潰そうとしたのだろう。

然れど、それを獣が赦すはずもなく。

否、赦しはしよう。然れど、ただでは通さない。


「お前は残れよ? なぁ」


漆黒の兜が豪腕に掌握され、大地へと叩き付けられた。

巨竜は一瞬戸惑いこそしたが、振り返りはしない。

ただその先へ進むスズカゼ達を、追って行くばかり。


「おいおい、見捨てられてんじゃん。仲間意識ねぇの?」


「……貴方に言われたくはありませんよ、[暴食]。まさかここで裏切るとはね」


「あ? 裏切る? 勘違いすんなよ」


瀕死の肉体。

ただ今は全能者の作り出した欠片で生き存えているだけの体。

もう幾何とて生き残ることは出来ぬであろう骸。


「俺は、ただ」


漆黒の騎士にして[傲慢]デュー・ラハン。

彼の思惑は一点。この獣を叩き潰して先へ向かうだけ。

別段難しいことではない。所詮、死に損ないだ。

死に損ないだと、言うのに。


「戦いを邪魔されたことを、赦さねぇだけだ」


全身を掻き立てるような恐怖。

臓腑が引っ繰り返るような重圧と、全身を縛り付ける殺意。


「償えよ。テメェの魂で」


獣は歩む。

骸に等しき暴食者は。

ただ、破壊と戦乱の化身は、漆黒の騎士へと。



読んでいただきありがとうございました

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