瓦礫の道
「…………」
誰一人として、その静寂を壊すことは出来なかった。
この場を支える唯一の柱にも思えるのがそれだったからだ。
彼等はジェイドの斬撃により開けた通路を進んでいる。
その強大な瓦礫の斬り裂かれた通路は彼の一閃の元に作り出された物だ。
折れた刀により、スズカゼとデイジーが少しずつ削っていたそれを、彼は。
一閃の元に。
「……あの、聞いて良いデスか?」
先頭を歩くジェイドには聞こえないような、小さな声。
ピクノは呟きほどのその声でスズカゼへと語りかける。
「何?」
「あの黒豹の獣人は、どうして始めからアレを使わなかったのデスか? アレを使っていればすぐに行けたはずデス」
「…………」
確かにそうだ。
彼が木の根を操る男や鈴音を鳴らす男と戦闘していた時も。
彼が一人で閉じ込められていた時も。
アレほどの斬撃を使えるならば、一瞬とはいかずとも勝負は付いたはず。
だと言うのに、彼はそれを使わなかった。
「……[闇夜の月光は紅色の大地に降り注ぐ。故に、闇月]」
自然と溢れた、言葉だった。
嘗て第三街でデュー・ラハンより聞いた言葉。
闇月と呼ばれた彼は、恐らく、いや、間違いなく実力を隠している。
未だかつて自分はジェイド所か、ゼルの本気すら見ていない。
表面上は第三街領主として彼等と共に居ようとも、それはあくまで表面上。
彼等の事を全て知っているわけではないのだ。
そして、ゼルはともかくジェイドはそれを隠そうとしている。
「私達が詮索すべき事じゃないんだよ」
しかし、彼はこうして力を使った。
自分達を助け先へ導くために。
「今は、互いの仲間を探そう?」
「は、はいデス!」
「……ちぃ」
その男は、廃屋から離れた場所で親指を噛み締めていた。
仲間を使って周囲の脆化した瓦礫を爆破させた彼は。
一瞬だけ浮き上がり、そのまま周囲の瓦礫を支えに浮き上がるそれを見て、だ。
「まだ死なねぇのか……」
「……これは」
先頭を歩いていたジェイドは、それを発見した。
瓦礫という瓦礫の積み上げられた、大きな壁だ。
それだけならば今まで見ているが、異変はそこではない。
「これ、木の……、ツタ?」
「違いますね。木の根だ」
デイジーはそれを手でなぞりながら呟いた。
ツタにしては太く、そして頑丈だ。
これはツタなどではない。間違いなく木の根だ。
「って、事は」
「ガグルのデス! ガグルの使霊デス! [木根霊・ジモーグ]デス!!」
ピクノはぴょんぴょんと飛び跳ねながらはしゃぎ回る。
目の前にあるそれはガグルが生きて居るという証だ。
純粋無垢な彼女はそれが余程嬉しかったのだろう。
ジェイドとスズカゼは視線を交わし合い、そこに拳を打ち付ける。
「聞こえますか! ガグルさん!!」
「返事をしろ!!」
拳を打ち付けて瓦礫が崩れるのでは、とデイジーは案じたが、木の根がしっかりと支えているようで、その心配はなさそうだ。
こちらもピクノの妖精[イングリアズ]が支えているので、崩落はないだろう。
コンッ
「む?」
コンッコンコンッ
瓦礫を打ち付ける、小さなノック音。
耳の良い獣人であるジェイドはそれに気付いたが、スズカゼが気付いた様子はない。
しかし、このノック音の小ささからしても瓦礫自体は大きいという事だろうか。
だとすれば斬撃でも削れるかどうかーーー……。
コンッコンッココン
「……?」
コンッコンッココンッ
「姫!!」
ジェイドは横っ飛びの要領で、スズカゼへと飛びついた。
横から張り倒された形となった彼女はごぶぇっと醜い叫びをあげて地面へ転がり落ちる。
瓦礫に肩から落ちた彼女は余りの痛さに蹲り、さらにその上へとジェイドがのし掛かった。
追撃による追撃で、スズカゼは再びごぶぇっと全身の空気を吐き出すはめとなる。
「な、何するんですか……」
「伏せろ!!」
彼の豪勢と共に瓦礫は爆ぜ飛び、巨大な白の砲撃が空を切り裂いていく。
デイジーの頬隣を、ピクノの頭上を。
凄まじい豪風を巻き込むようにして、それは彼女等の後方で瓦礫を支えていたイングリアズの一部を焼き尽くした。
「……外したか」
「おかしくねェ!? 愚かに仲間を狙ったのか、お前!?」
その魔術大砲が放たれた大穴から顔を覗かせたのはファナとガグルだった。
彼等は瓦礫を削るとか退けるとか、そんな事はせずに、一気に魔術大砲で吹っ飛ばしたのである。
「今のは緊急の避難信号か……。随分と古風の物を知っているのだな」
「あァ!? テメェ、あの黒豹の獣ゥ人!! 何でこんな所に居る!?」
「ガグル! 生きてたデスか! ガグル!!」
「って、ピクノォ! お前もか!?」
ぎゃあぎゃあと叫くガグルを蹴り飛ばし、ファナはその穴から這い出てくる。
衣服に掛かった瓦礫の粉を振り払いながら、彼女は穴の中を指差した。
スズカゼはどうしたんですか、と聞き返すが、ファナはそれ以上は何も言わないし何も示さない。
仕方なく彼女は地面に転がるガグルを跨ぎ超えて穴の中を覗き込んだ。
「……あ」
その中には壁にもたれ掛かるようにして寝かされているサラとキサラギの姿があった。
随分とぐったりしているが、息はあるようだ。
「で、デイジーさん! ピクノちゃん!!」
スズカゼはデイジーとピクノを率いて、急いで穴の中へと入っていく。
全身に微かな傷こそあれど、二人の命に別状はないだろう。
彼女達は瓦礫に穿たれた穴の中で安堵の声をあげていた。
「……で、だ」
そんな彼女達の様子を眺めながら、ガグルはジェイドへと視線を向ける。
現状の確認か、とジェイドも彼に視線を向けたが、どうにもそういう雰囲気ではなさそうだ。
彼の目は敵を見るような物でも相手を訝しむような物でもなく、好奇心に満ち溢れ、何かを観察するような目だった。
「さっきの信号な、アレ、ウチの国が四国大戦で使ってたモンなんだわ」
「……それが、どうした?」
「何で知ってる?」
ガグルがその信号を送ったのは、相手がピクノだと思ったからだ。
それ故に、彼女には通じるであろう信号を送ると同時に、それが理解出来なければ敵だろうという判断にも使用したのである。
しかし、ジェイドはその信号の意味を理解し、そしてファナの魔術大砲を回避した。
「テメェも大戦に参加してたか? いや、だが部隊秘匿の信号なんざ、そうそう愚かしく漏れるモンでもねぇはずだ」
「……何が言いたい」
「何者だ? テメェ」
彼の問いに対し、返す答えは沈黙。
スズカゼ達の喧騒により、それは静寂とは成り得ない。
だが、確かにその場の空気は酷く凍り付いている物だった。
彼等のそんな空気を眺めるファナですら、眉根を顰めるほどに。
「……ま、言いたくねェなら、どうせ言わないだろうし構わねェや」
ガグルは吐き捨てるようにそう述べて、にやりと口端を吊り上げる。
彼のそんな態度にもジェイドは反応を示す事は無かった。
己の力と己の立場と己の過去と。
この男はそれらの殆どを見抜いているのだろう。
然れど、それでも。
全てを明かすには、まだ早い。
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