異端共もまた動きて
【平原】
「……開始、と言ったところかしら」
新緑の、地平線まで広がる草原。
草根を潰すように爪先を躙り、僅かに湿った大地を歩む。
耳元さえも消え抜ける涼しい風が心地良い。
いいや、心地良いのは、その景色や風々ではない。
懐かしい、この感覚。
{開始? 終焉の間違いではないか}
黒雲を背に、その男は歩んでくる。
草原を照らしていたはずの蒼空は次第に浸食され、黒々と染まっていた。
否、浸食ではない。それは支配。傲慢を具体するが様に、蒼を支配していく。
「そうね、終焉だわ。どちらが、とは言わないけれど」
{余裕だな。それでこそ、我等の敵に相応しいとでも言うべきか}
彼女の眼前にて、その男は歩みを止める。
黄金。雷撃纏うその身体が新緑を散らし、火花が空を舞う。
刃に近しかった。ただ男から漏洩するような魔力が、幾千の刃に等しい。
やがてその刃は、彼女の首筋にさえも。
「そちらには余裕がないようだけれど」
爆ぜ、弾ける。
雷撃同士の先端が衝突し、近場の草原を斬り刻む。
余りに静かな、然れど喧騒の、衝突。
双方に言葉はない。必要なのは殺意のみ。
純然な、臓腑さえも喰い殺すが如き、殺意。
{我とて阿呆ではない。貴様のような女に余裕をくれてやる程な}
「あら、そう」
{案ずるな。貴様とて直ぐに余裕はなくなる}
天霊が視線をくれたのはサウズ王国の方面だった。
彼女の目元は僅かに揺れ、指先が微かに曲がる。
その様子を楽しむが如く、追言。
{ヌエは確かに我々やデュー・ラハン、ダリオ・タンターに比べれば劣る天霊だ。しかし、奴は惨いぞ}
「……関係ないわね」
意地ではない。彼女にあるのは確信。
あの国は高が天霊風情にくれてやるには惜しい国だ。
そして、高が天霊が手に入れられるほど、安くない国だ。
「どのみち、私達がやることに変わりはないわ」
{笑止}
実際に対峙して確信するのは一つ。
我とこの女は似ている。傲慢という一点において、共通している。
然れど等しくして異なる物だ。この女の物は傲慢であって傲慢ではない。
傲慢と称すに相応しき、余裕。
余裕と偽るに相応しき、傲慢。
{……全く持って、笑止なり}
故に、己もまた肉を捨てた。
この様な異端に、肉体を持って挑むほど阿呆ではない。
天霊化、か。あの黒騎士の覚悟を嗤える立場ではない、という事なのだろう。
{去ね、四天災者}
嗚呼、全く持って。
不快だ。
「死ね、天霊」
地平に響く雷轟の咆吼。
黄金にして純白の閃光が草原を塗り潰す。
嗤叫の慟哭を聞く者は居ない。居るとすれば、それは。
地平の黒雲さえも喰らい尽くす、雷撃の嵐だろう。
【荒野】
「……んー、こりゃちょっとヤバいかも」
メタルの前をちろちろと歩く、妖精。
雷霊サンダラー。静電気程度の電量しか出せない初心者用の妖精だ。
実際は戦闘などに用いられず、初心者が感覚を掴む為だけに使われることが多い、のだが。
「何だかなぁ」
ぺちん、と。
その妖精を指先で転ばせながら、彼は首を傾げる。
まぁ、実際のところ、有り得ない話ではない。と言うか必然なのだろう。
いや必然なのは解るが、何故寄りにも寄って自分なのか。まだメイアウスの方が余程相性が良いだろうに。
ーーー……あぁ、もしかしてメイアウスが嫌だからこっちに来たのか。そりゃそうだ。自分だってそうする。
「まぁ、そりゃアイツ等の目的考えればそうだよね……」
イトーが言っていた、連中の目的。
それは人類の滅亡による精霊の楽園創造、なんだとか。
正直なところそんなのどうでも良いし好き勝手やってくれとは思うが。
人間を滅ぼされるのは、その、何というか、困る。
「ってな訳でお前等も止めないといけないの。解る?」
メタルの眼前を、またふよふよと飛ぶ妖精。
彼はそれを指で弾き、そのまま頭を掻き毟る。
さて、全く面倒なことになった。考えれば必然なのだろう。
奴等と同じく、天霊共が精霊の楽園を望まぬはずがないのだ。
独自降臨が可能な、その、天霊共が。
「……ま、頑張りますかねぇ」
地平線などという、陳腐な次元ではない。
一体で国を滅ぼすその存在が、ただ降臨するだけでも有史に名を残す存在が。
視界全て。大地も空も果ても全てを埋め尽くす。
その降臨に付随して目覚めた妖精は空塵に等しく。
降臨と共に降り注ぎ続ける殺意は豪嵐に等しく。
広がるのは余りに奇妙な、全ての色をごちゃ混ぜにしたような色彩。
全身を覆う気温でさえも、冷風や熱気が入り交じり、吐き気さえするほどに気色悪い。
然れどそれ以上にーーー……、全身を刺す殺意が、ある。
「一応聞くけどさ、あの、帰ってくれたり……」
殺意以上に降り注ぐ、否の雨霰。
余りの轟音にメタルは歯牙を喰い縛りながら耳を塞ぐ。
冗談ではない。嗚呼、全く冗談ではない。
幾らオロチやヴォルグ、レヴィアのような天霊より下位の存在とは言え、天霊は天霊。
こんな、数えようと思うだけで辟易するような連中をまともに相手にはしたくない。
したくはない、けれど。
「するしかねぇんだよなぁ……」
彼の腕輪から、魔剣が引き抜かれる。
魔力による奔流。それは、所詮鞘から剣が抜かれた差違の微風に過ぎない。
然れど、それでも。空塵の妖精共を潰し殺すには、充分過ぎる代物であり。
「まぁ、何だ」
天霊共が咆吼する。
斬滅が、嗤う。
「……恨んでくれるなよ?」
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