命知らずが受ける勝負
【シャガル王国】
《王城・中庭》
「……来たか」
王城の中庭にて、城壁辺りを見下ろしながら彼はそう述べた。
幾多の兵士の中を、堂々と、冷静に歩んでくる少女。
その双眸が浮かべる殺意に等しき眼光は幾人かの兵士を怯えさせるが、それでも彼女が狼狽えることはない。
いや、むしろそれで道さえ開かされているようにさえ思える。
少女がそれを受け入れるように、歩いているようにも。
「兄さん、ファナさんが」
「解ってる。ったく、サウズもまた付き合いにくい奴を寄越したな」
「そ、そんな事ないですよ! ファナさんだって可愛いトコあるし……」
「かわ、え? あ、そ、そう?」
兎も角、と。
国王は、シャークは踵を返すと共に城下へと向かう。
彼の側近にして妹であるモミジもまた、彼の後について城下へと向かって行った。
《王城・正門前》
「……む」
深緑の柵に囲われて幾多の兵士を避けながら、いや、避けられながら。
彼女が王城の入り口、噴水の水膜越しに揺らぐその場へと向かう。
背筋を添うような、心音を掻き立てるような騒音に微かな苛つきを覚えながら。
「おい、そっちじゃねぇ。こっちだ」
しかし、そんな彼女を呼びつける一つの声があった。
ファナは兵士達の最中から、隙間を縫うようにその男の姿を見る。
酷く目付きの悪い、それこそ露骨なまでに悪役ではないのかと思えるほどの男。
彼女は思わずその掌に魔力を収束させるが、周囲の兵士が悲鳴混じりに逃げ始めたので、仕方無く近付いてから放つことにした。
「いや放とうとしてんじゃねぇよ。お前何しに来たんだ」
「……あぁ、思い出した。貴様、デッドか」
腕を打ち払いながら彼女は魔力を霧散させる。
今一歩遅ければ本当に放ちそうになっていたと思うと、デッドは彼女から僅かに退いた。
尤も、現状はそんな冗談をやりあっている場合ではないのだが。
「それよりも、だ。真正面からは入るな。貴族共に捕まるぞ」
「貴族だと? この国の貴族なぞ、シャーク国王の言葉があれば……」
「四年前ならば、な」
デッドが言うには、シャーク国王の発言力は大幅に落ちているのだという。
四年前はベルルークの傀儡となり、現在でさえ何も出来ずにいる国王だ。
必然、国内での信用が下がるのは無理もないという話だ。
「今お前が貴族に捕まればサウズからの援軍って事で国を護られる盾にさせられる。だから裏口から入って、貴族に会わないようこっそり行け」
「面倒な……。それより、現状はどうなっている」
「現状、か」
彼等は王城の中、日差しが僅かに差し込む廊下を歩みながら言葉を交わす。
鋭い革靴の音が誰の姿もない空虚に響いては消えていく。
彼等が交わす言葉もまた、同様に。
「……スノウフの進軍が遅れている、だと?」
「あぁ、有り難いことにな」
理由は解らないがなとデッドは付け足したが、彼等は知る由もない。
ある獣が己の欲望の為に指揮を放棄したことを。
否、その獣が放棄した指揮や兵隊でさえも、所詮は付属物でしかない事を。
「だが、戦いは始まってる。東北部辺りで何が起きてるか、お前も解ってるだろ?」
「……あぁ」
背筋を添うような、悪寒に等しい魔力。
自分はこの魔力を知っている。心音を騒ぎ立てる魔力を。
あの女の、魔力をーーー……。
「メイアウス女王とシャーク曰く、いや、実際そうなんだろうけどよ。俺みたいな次元の連中はもう戦いの中に居ねぇ。今更やり合っても連中からすれば足下で蝿が動いてるようなモンだ」
だからこそ、と。
「やれる事がある」
確かにその男は嗤っていた。
所詮、羽虫であると自覚しているこの男が。
嗤って、いる。
「……どうして嗤っていられる」
自然と、ファナは訪ねていた。
この男も自分も、そうだ。羽虫同然の弱者なのに、と。
卑下ではない。嫌味でもない。ただ純粋に疑問だったのだ。
この状況が、果たしてこの男達にとって如何なる状況なのか、と。
「別に……、大して理由じゃねぇ」
ほんの少しだけ考え込んで、デッドは立ち止まる。
いつも通りの飄々とした風に口端を吊り上げながら、日差しの端を踏むように。
彼女に半身だけ向けて、嗤って。
「俺達がここに居て、目の前にはテーブルがあって、カードが配られてる。周りの連中は既に手札構えて待ち構えてんだ。そんで、あと一つだけ空席があるンなら」
指を鳴らすように、差して。
空を、見る。
「座って、勝負するだけだろ」
深い理由はない。
然れどその男にとって、それは真理だった。
確かに彼には護るべき物がある。幾つも、背負っている物がある。
その為に戦うと言うのであれば、それは決して間違いではない。
然れどただ、彼という男にとってその勝負を受けるというのもまた、真理なのだ。
「お前はどうすんだ?」
「……どうする、とは何だ」
「手札は役無し、周りの連中さえ逃げ出すようなゲームで、椅子は最悪の座り心地と来たもんだ」
それでもお前は勝負すんのか。
彼の問いに対し、ファナは口端を噤む。
受けるべきではない。そんな勝負、受けて何になる。
無駄だ。時間の、労力の、意味の、無駄。
「受ける」
然れどその相手が彼ならば。
自分を嘗て育て上げたあの男であるのならば。
例えそこが泥沼であろうと、受けよう。
「それで良いんだよ」
デッドは掌を揺らしながら歩んでいく。
ファナもまた、そんな彼の後ろで鼻先を鳴らして眉根を顰めるように歩み出す。
その先へあるのは小さな扉。然れど何処までも続く、扉。
彼等にとってその扉の先にある者達と向かう場所こそ、最悪最低の、決戦の地なのだから。
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