送り出した者達もまた
【サウズ王国】
《城壁外郭》
「……征った、か」
背中の過ぎ去った荒野を眺めながら、リドラは小さく息付いた。
彼等が征く道を思えば、この程度の息でさえも幾分か安かろう。
全てを託すには、この詫息でさえも。
「話がある。解析者」
そんな彼の肩隣から投げかけられる声。
猫背がのそりと向くと共に、その姿を見る。
見ざるを得なかった。自身からすれば決して気の良い物ではない過去を。
「整理者……、か」
「……今は、チェキーだ」
嘗てリドラが属し、彼の、父だった男が属していた組織。
聖死の司書。一度はスズカゼを連れ去り、彼の中に荒乱を落とした出来事。
リドラという男にとって、それは決して軽い出来事ではなかった。己の父を自らの手で、殺したという出来事でもあるのだから。
「何の用だ」
「……幾つか聞きたいことがある」
彼女が差し出したのは指輪だった。
魔法石の埋め込まれた、何の変哲も無い精霊召喚の道具だ。
然れどその魔法石は酷く濁っており、特有の宝色の欠片もない。
使用済みであれば然程不思議ではない。中身の魔力を全て使い切った後であれば、だ。
「違うな。これはむしろ未使用だ」
宝石の色が濁っているのは使用済みだからではないのだろう。
むしろ、様々な色を混ぜたからこその色合いだ。
ーーー……混ぜた、だと?
「……まさか、貴様」
「これについて解析者の意見を聞きたいと言っているのだ」
リドラは思わず喉を詰まらせた。
嗚咽に近い。肺胞が痙攣し、臓腑から胃液が湧き上がる。
それは恐怖に近かった。己もまた、歩むではないのか、と。
然れどまた同時に己の中にある意欲が。決して枯れ果てぬ欲望が。
「んじゃ、私も協力しないとねー」
そんな二人の、正しくはチェキーの尻を撫で回す変態一名。
無論のこと後ろ蹴りで容易く吹っ飛ばされた訳だが、それで変態が止まる訳もなく。
「それが創始者にすることかぁーーー!!」
「創始者? 何の話だ」
「聖死の司書よ! オラ解ったら下着を寄越しなさい! 脱ぎたての!!」
元は司書長の世話係でもあったチェキーだ。
小さいの子の手懐けは昔からお尻ぺんぺんと決まっている。
尤も、当然ながら変態、基、イトーからすればどうしようもないご褒美だが。
「……チェキー、恐らくそれは事実だ。彼女、イトー・ヘキセ・ツバキは森の魔女と呼ばれる人物で相当な技術者だ。魔法魔術関連は特に、な」
「だが! 創始者が居たのはもう何百年も……!!」
「神だ四天災者だと言われた時点で不死者が居ようとも変わらんさ」
それもそうか、とチェキーは追言を飲み込んだ。
今更細かいことを気にしても仕方ないのだろう。
それを体現した女を、自分はよく知っているはずなのだから。
「それよりもチェキーちゃん? 貴方がやろうとしてるのはけっこー危険なことだけど、それでもやるつもり?」
「やるやらないじゃない。やるしかないんだ」
彼女の掲げた宝石が太陽に照る。
何処までも悍ましきその色合いは光の中に一点の濁りを落とす。
しかしその濁りこそが、何よりも美しくーーー……。
「…………」
彼等のそんな姿を下目に、城壁の上から男は果てを眺めていた。
最早スズカゼ達の姿はない。数日の内に戦いも始まるだろう。
「……ククッ」
その男はサウズの守護を任された男だった。
ニルヴァー・ベルグーン。その顔面を黒衣で覆い尽くした男。
彼は嗤う。黒衣の下で、裂けるような笑みと共に、嗤い尽くす。
「漸く、離れた……」
待ち侘びた。
あの者達が居なくなるのを。
四天災者の眼が離れ、あの小娘が居なくなるのを。
嗚呼、待ち侘びた。待ち侘びたのだ。
「クカカカッ……」
沸き立つ、沸き昇る、沸き上がる。
黒眼鏡の奥が燃え上がるようだった。
歓喜の声色が喉から胃液のように溢れ出る。
己の身体を縛り付けていた鎖々から、解放されていく。
「……クケ、ケケカカカカカカカッッ」
彼の嗤叫を止められる者は誰も居ない。
その姿を見る者もまた、誰も居るはずなどなく。
「待ァアアアアアアちィィイ侘びたァアアアアア……!!」
刹那、彼の頬端を痺れが駆け抜ける。
首筋、背筋と伝い、やがては脊椎を伝って全身へと。
何物からか攻撃を受けた訳ではない。ただ、感じたのだ。
自身の肉体を怯えさせるほどの、魔力を。
「……テメェ等も待ち侘びた、ってか?」
双眸が、捉う。
彼等が過ぎ去った故の果てに。
暗雲が立ち篭め、雷撃の端が伝わって。
彼の魂と肉体を、震わせるのだ。
「さァて、始まる、か……」
四年前の、約束。
いいや、それは契約だ。
「俺達も動くとしようぜェ……」
歓喜の称賛は刃へと。
迫り来る雷雲に、嗤叫を送り。
「楽しもう、楽しもう、楽しもう。こんな強敵は久々だ」
始まるであろう戦乱狂気の世界へ拍手を送る。
ただただ、孤独な拍手を。愚かな奏者のみが、送るのだ。
「やはり俺達に平穏は似合わねェ」
曇天より降り注ぎし閃光が、草原に業火を刻む。
否、業火ではない。その最中より姿を現したのは、業火ではない。
その者達は、全てを覆い隠し雲影より出でしその者はーーー……、業火などではない。
それは違い無く、違い無く。
「まずはこの国から、ですね」
「…………」
違い無く、天霊と機械であった。
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