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獣人の姫  作者: MTL2
最終決戦
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送り出した者達もまた

【サウズ王国】

《城壁外郭》


「……征った、か」


背中の過ぎ去った荒野を眺めながら、リドラは小さく息付いた。

彼等が征く道を思えば、この程度の息でさえも幾分か安かろう。

全てを託すには、この詫息でさえも。


「話がある。解析者ハードマン


そんな彼の肩隣から投げかけられる声。

猫背がのそりと向くと共に、その姿を見る。

見ざるを得なかった。自身からすれば決して気の良い物ではない過去を。


整理者リアラーマン……、か」


「……今は、チェキーだ」


嘗てリドラが属し、彼の、父だった男が属していた組織。

聖死の司書スレイデス・ライブリアン。一度はスズカゼを連れ去り、彼の中に荒乱を落とした出来事。

リドラという男にとって、それは決して軽い出来事ではなかった。己の父を自らの手で、殺したという出来事でもあるのだから。


「何の用だ」


「……幾つか聞きたいことがある」


彼女が差し出したのは指輪だった。

魔法石の埋め込まれた、何の変哲も無い精霊召喚の道具だ。

然れどその魔法石は酷く濁っており、特有の宝色の欠片もない。

使用済みであれば然程不思議ではない。中身の魔力を全て使い切った後であれば、だ。


「違うな。これはむしろ未使用だ」


宝石の色が濁っているのは使用済みだからではないのだろう。

むしろ、様々な色を混ぜたからこその色合いだ。

ーーー……混ぜた、だと?


「……まさか、貴様」


「これについて解析者ハードマンの意見を聞きたいと言っているのだ」


リドラは思わず喉を詰まらせた。

嗚咽に近い。肺胞が痙攣し、臓腑から胃液が湧き上がる。

それは恐怖に近かった。己もまた、歩むではないのか、と。

然れどまた同時に己の中にある意欲が。決して枯れ果てぬ欲望が。


「んじゃ、私も協力しないとねー」


そんな二人の、正しくはチェキーの尻を撫で回す変態一名。

無論のこと後ろ蹴りで容易く吹っ飛ばされた訳だが、それで変態が止まる訳もなく。


「それが創始者にすることかぁーーー!!」


「創始者? 何の話だ」


聖死の司書スレイデス・ライブリアンよ! オラ解ったら下着を寄越しなさい! 脱ぎたての!!」


元は司書長ライブラーの世話係でもあったチェキーだ。

小さいの子の手懐けは昔からお尻ぺんぺんと決まっている。

尤も、当然ながら変態、基、イトーからすればどうしようもないご褒美だが。


「……チェキー、恐らくそれは事実だ。彼女、イトー・ヘキセ・ツバキは森の魔女と呼ばれる人物で相当な技術者だ。魔法魔術関連は特に、な」


「だが! 創始者が居たのはもう何百年も……!!」


「神だ四天災者だと言われた時点で不死者が居ようとも変わらんさ」


それもそうか、とチェキーは追言を飲み込んだ。

今更細かいことを気にしても仕方ないのだろう。

それを体現した女を、自分はよく知っているはずなのだから。


「それよりもチェキーちゃん? 貴方がやろうとしてるのはけっこー危険なことだけど、それでもやるつもり?」


「やるやらないじゃない。やるしかないんだ」


彼女の掲げた宝石が太陽に照る。

何処までも悍ましきその色合いは光の中に一点の濁りを落とす。

しかしその濁りこそが、何よりも美しくーーー……。


「…………」


彼等のそんな姿を下目に、城壁の上から男は果てを眺めていた。

最早スズカゼ達の姿はない。数日の内に戦いも始まるだろう。


「……ククッ」


その男はサウズの守護を任された男だった。

ニルヴァー・ベルグーン。その顔面を黒衣で覆い尽くした男。

彼は嗤う。黒衣の下で、裂けるような笑みと共に、嗤い尽くす。


「漸く、離れた……」


待ち侘びた。

あの者達が居なくなるのを。

四天災者の眼が離れ、あの小娘が居なくなるのを。

嗚呼、待ち侘びた。待ち侘びたのだ。


「クカカカッ……」


沸き立つ、沸き昇る、沸き上がる。

黒眼鏡の奥が燃え上がるようだった。

歓喜の声色が喉から胃液のように溢れ出る。

己の身体を縛り付けていた鎖々から、解放されていく。


「……クケ、ケケカカカカカカカッッ」


彼の嗤叫を止められる者は誰も居ない。

その姿を見る者もまた、誰も居るはずなどなく。


「待ァアアアアアアちィィイ侘びたァアアアアア……!!」


刹那、彼の頬端を痺れが駆け抜ける。

首筋、背筋と伝い、やがては脊椎を伝って全身へと。

何物からか攻撃を受けた訳ではない。ただ、感じたのだ。

自身の肉体を怯えさせるほどの、魔力を。


「……テメェ等も待ち侘びた、ってか?」


双眸が、捉う。

彼等が過ぎ去った故の果てに。

暗雲が立ち篭め、雷撃の端が伝わって。

彼の魂と肉体を、震わせるのだ。


「さァて、始まる、か……」


四年前の、約束。

いいや、それは契約だ。


俺達(・・)も動くとしようぜェ……」


歓喜の称賛は刃へと。

迫り来る雷雲に、嗤叫を送り。


「楽しもう、楽しもう、楽しもう。こんな強敵は久々だ」


始まるであろう戦乱狂気の世界へ拍手を送る。

ただただ、孤独な拍手を。愚かな奏者のみが、送るのだ。


「やはり俺達に平穏は似合わねェ」


曇天より降り注ぎし閃光が、草原に業火を刻む。

否、業火ではない。その最中より姿を現したのは、業火ではない。

その者達は、全てを覆い隠し雲影より出でしその者はーーー……、業火などではない。

それは違い無く、違い無く。


「まずはこの国から、ですね」


「…………」


違い無く、天霊と機械であった。



読んでいただきありがとうございました

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