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獣人の姫  作者: MTL2
滅国の跡
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瓦礫の壁と陥没と

「状況としては最悪だ」


ジェイドはそう呟き、眼前の瓦礫の壁へと視線を移す。

彼の視線が向けられた瓦礫の壁は、ほんの小さな穴が空からの光を差し込ませている。

もう少しスズカゼとデイジーで掘り進めれば、ここから脱出出来るだろう。

だが、二人の表情は酷く複雑な物だった。

そして、それはジェイドも同様で。


「外には出れるが……、ファナとサラが未だ見つかっていない。そして、ピクノ……、だったか? その仲間もだ」


「まずは外に出るべきデス! 出口を確保しておけば……」


「どうしてここに出口があると思う?」


ピクノの提案に対し、ジェイドは問いを投げかける。

彼の問いの意味が解らないのか、ピクノは小首を傾げながら頭を抱えて思案を始める。

けれど彼女の頭では答えはでないようで、ピクノは湯気でも立ち上らせるかのように頭を横に振り出した。


「まず、我々は崩落に対して貴様の妖精[イングリアズ]を使用しているから心配はない」


「そ、そうデスね」


「ここまで掘進していて解ったと思うが、この瓦礫の爆破は荒い。それ故に多く空洞が存在しているから、恐らくお前の仲間も我々の仲間も無事だろう。……それは彼等の居る空洞が崩落していない場合だ」


「どういう意味デスか!」


「そもそも我々は進路方向上、地上へは向かっていなかった。……瓦礫の隙間から地上が見える方向になど、進んでいない」


ジェイドの言葉には躊躇いがあった。

その躊躇いが何だったのかを理解出来たのはスズカゼとデイジーで、ピクノは未だ解った様子を見せることはない。


「この下には空洞があり、そして、俺と戦っていたあの藍色の長髪を持つ男が居た場所だ。……奴は俺と違って攻撃の最中だった。恐らく、反応できず瓦礫の下に埋もれるも脱出しようとして、逆に瓦礫を崩して」


「そんな事ないデス!!」


周囲の瓦礫を震動させる程の大声で、ピクノは叫びを上げる。

心なしか彼女の瞳は涙ぐんでいて、瓦礫を支えているイングリアズ達ですら驚き飛び跳ねるような高鳴りの声だった。


「キサラギは強いデス! こんな、瓦礫なんかで死んじゃう事はないデス!!」


「落ち着け。……あくまで可能性の話だ」


とは言っても、所詮は気休めでしかない。

あの全体的な崩落で、この部分だけが陥没することなどまず有り得ないからだ。

恐らくは脱出しようと手を着くし、それが凶と出たのだろう。

それを良し悪しと批評する事は出来ない。自分とてスズカゼ達に救われなければ、今頃は瓦礫の下で四肢と頭を潰していただろうから。


「……と、取り敢えず、この周囲を捜索しましょう! 何か出てくるはずです!!」


「す、スズカゼ殿。しかし……」


デイジーはその言葉を述べようとして、寸前で飲み込んだ。

この状況だ。スズカゼが空元気の言葉を出すのも無理はない。

あの鈴を持つ男だけでなく、サラやファナですらも、危機に晒されているかも知れないのだから。


「姫、声は抑えることだ。大声で瓦礫が崩れる心配は無いにしても、まだ我々を狙った連中は居るのだろうからな」


「え? あっ……、はい」


「……その点については貴様等にも言及せねばならない。解るな? ピクノ・キッカー」


「解ってるデス! でも、勝手に言ったら怒られるデスから……」


「あぁ、他の連中を見つけてからだろう」


ジェイドは腰元に携えた、半分に折れた刀剣を抜刀する。

刀身の半分がない刀剣だ。何かが斬れるはずがない。

さらに彼はパワルの指輪を外し、スズカゼへとそれを託した。

彼女の体質を知っている彼が、まさかその指輪を使えとは言わないだろう。

彼女はその行為の意味を問うように口を開けるが、それもジェイドの表情を見て、閉ざされる事となる。


「ーーー……下がれ」


その言葉は彼を制止しようとしたデイジーすらも凍り付かせた。

今まで乗り越えてきた死線の中でも、こんな声は聞いた事はない。

恐怖に怯える声ではない。血肉を求むような物でも、自暴自棄な物でも。

それはただ下がれ、と。

それだけを命じているだけだというのに。


「は……、い」


どうしてこうも冷や汗が止まらない?

どうしてこうも手足の先が震える?

どうして、こうも。

自分の全身がこいつを生かして置いてはいけないと叫び狂う?


「ふーーー……」


周囲の全てを意識から断絶するかのように、ジェイドは瞼を深く閉じて、大きく息を吐き出した。

彼の意識は一瞬にして闇夜が如く、周囲の光を、音を、気配を絶する。

無が如く闇夜に浮かぶは白銀の月。

己が手にある、折れた刃。


「……」


彼はその白銀を瓦礫の、微かな隙間へと滑り込ませる。

だが、あくまでそれは滑り込ませただけであり、刃は一寸たりとも動く気配はない。

無理に動かせば、それこそ瓦礫との力比べとなるだろう。


「岩脈ーーー……。既質ーーー……。硬度ーーー……」


ジェイドは呟きと共に、隙間の中で刀身を遊ばせる。

様々な方向を向く刀身はカチャリカチャリと金属音を零し落とす。

静寂を掻くようなその音は、スズカゼ達の耳にも確かに届いていた。

だが、誰一人として彼を止める事はない。

いや、誰一人として彼を止める事は出来ないのだ。


「……其所だ」


キィンッ


振り抜かれたジェイドの腕。

金属の砕けるような音。

それらはほぼ同時で、一瞬で。

然れど、変化はなく。

彼の手元には完全に刃の砕けた刀だけがあり。


「……あの、ジェイドさ」


だが。

直後、スズカゼの眼前に広がったのは、空洞だった。

正しくは、陥没した瓦礫が切り裂かれた事により生まれた、一瞬の空洞。


「……!」


言葉は出ない。

物理法則だとか常識だとか論理的観測だとか。

そんな物を一切無視した、斬撃。


「これで進みやすくなる」


ジェイドは完全に折れ砕けた刀剣を打ち捨て、スズカゼ達の元へと歩み寄ってきた。

デイジーは思わず後退り、ピクノは押し潰した悲鳴をあげる。

だが、彼はそれを解っていたと言わんばかりに隻眼の瞳を閉じ、静かに俯いた。


読んでいただきありがとうございました

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