それぞれの場所へ
【サウズ平原】
「これより各地へ別れる訳だけれど」
メイアウスの声に、皆が口端を引き締める。
ただ二人、彼女の下着透けねぇかなと日光を利用して見る変態とやめとけと割と本気の怯えを見せる馬鹿以外は、だが。
「私達が向かわなければならないのはシャガルとスノウフの二つよ。サウズは八咫烏が守護するから任せて良いと言っていたけれどーーー……」
それぞれの守護を行う時点で、各地に戦力を裂かなければならない。
尤も、あくまで契約である以上、どのように裂くかまでは彼女達が決めることだ。
無論、それが現状を踏まえた上ならば、どうなるかなど言うまでもないのだが。
「シャガルにはファナを向かわせるわ。貴方ならば彼等と合わさっても持ちこたえることが出来るでしょう」
「……メイアウス女王。私は」
「解ってるわ。けれど向かいなさい」
ファナは己の思いを押し潰すように眉根を強く歪ませ、奥歯を縛る。
それでも忠実で堅固な彼女だ。女王からの命令に背くことはない。
「そして私とメタルは遊撃に出る。だから残った戦力はーーー……」
「私とデイジーさん、そんで三武陣。あと魔老爵さんと邪木の種……」
「じゃが、儂等は貴様等と行動を共にせぬ」
ヴォーサゴの言葉にスズカゼは思わず目を丸くして問いを返す。
しかし彼の理由を知っているが故に、メイアウスが叛することはない。
否、叛さないのは彼女だけでなく。
「私もヴォーサゴ老と行動を共にする」
そう述べたのは、クロセール。
彼はオクスとフーの胸横より一歩歩み出て、老父の隣に立つ。
困惑し続けるスズカゼとメタルを置いて、オクスとフーは僅かに片肩を吊り上げる。
「任せても良いのか、クロセール」
「あぁ、任せてくれ。……代表して殴って来よう」
ならば構わない、と。
オクスもフーも、彼を止めることはない。
いや、止める必要など、ない。
「この通りだ。私はヴォーサゴ老、スーと共に別行動を取る。スズカゼ、悪いが貴様はオクスとフー、そしてデイジーと共にスノウフを目指してくれ」
段々と、削れていく。
「……」
だが、それで良いのだ。
彼等には彼等の、貫き通す物がある。
その為に歩むのならば、止める理由も、否定する理由もない。
否、その先へ進むことを、望みさえしよう。
「……まっ、揉む理由はあっても止める理由はないですね」
「揉むって何だ」
「デイジーさんとオクスさんは胸、フーさんは尻を揉む訳ですが」
「オクス殿、今の内に彼女を始末した方が人類平和の為ではないか」
「概ね同意だが今は抑えよう。今はな」
「女性のみでスズカゼ・クレハに付いていくのは果てしなく危険だと思うのだが、どうだろう」
兎も角、と。
メイアウスは場を取り直しながら、各自の行動を促す。
時間はない。いつ、連中が各所に攻め込んでくるかも解らないのだから。
「次、会うのがいつになるか解りませんけど」
スズカゼは皆の前に大きく手を伸ばし、甲を空へ向ける。
その行為を前に、皆が顔を見合わせながらも一人、一人と彼女の掌に掌を重ねていく。
やがて最後にメタルに促されたメイアウスが仕方無く掌を重ねたとき。
彼女は精一杯に笑って、腕を跳ね上げた。
「また、会いましょう!」
皆が、進んでいく。
己達の征くべき場所へと、成すべき為に。
その背へ進む者達に託し合い、信じ合い。
彼等は、その先へとーーー……。
【スノウフ雪原】
「……始まったか」
幾億の騎士を背に、その男は、獣は、曇天を眺む。
無尽の地平線に猛る蜃気楼が全てを示す。肩に囀る瘴気が全てを示す。
その指先が、抑えることの出来ない苛つきが全てを示す。
「デモン殿。我々はどうすれば……」
聖堂騎士の一人が戸惑い気味にその獣へ問う。
然れど彼がそれに答うことはない。
答えられるはずなどないのだ。元より、彼は体の良い厄介払いをされているのだから。
「…………」
スノウフ国聖堂騎士団に赦された行動は一つ。
シャガルへの再侵攻。それのみだ。否、それ以外に手が無いのである。
現状、シャガル国のシャーク国王による策略により彼等は行動予定を大幅に遅らせている。
この時点で既に彼等の役割は先手を打つことから相手の手を潰す事になっているわけだ。
即ち、最早彼等に出来るのは邪魔者を潰す、或いは足止め程度しかない、ということである。
「そんでその隊長が俺、ってか」
繰り返そう。それは体の良い厄介払いだった。
最近、ユキバが組織から姿を消したのも同様の理由だろう。
連中にとって必要なのは従順に従う駒ばかり、ということだ。
「……あ、あのデモン殿?」
ならば、払われよう。
「テメェ等は全員シャガルに攻め入れ。俺は勝手に動く」
彼はそうとだけ言い残すと、聖堂騎士団に唖然の波紋が広がるよりも前に雪原の白銀へと姿を消した。
既に他の連中も動き始めている。ならば、自身もこんなところで止まる理由はないだろう、と。
「渇くんだよ」
良くも悪くも彼は獣だ。
元より、性に合うはずなど無かったのだ。
所詮、戦乱の世のために組織に属するなど。
彼という男に合うはずなど、無かったのだ。
「魂が、牙が、力が……」
故に必然であった。
彼の肌先を削る紅蓮の魔力の元へ。
その獣が引き寄せられるのは。
「渇くッ……!!」
必然、だったのだ。
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