最終大戦の幕を落とすは
【シャガル王国】
《王城・王座謁見の間》
「……ったく」
王座へ歩む。
あの男から取り返せなかった王座に。
今でさえも砂上の楼閣に置かれた王座に。
親父から受け継がれ、兄弟に託され、姉妹が支えてくれる王座に。
「面倒なことになっちまったな」
四年前より少し体も鍛えた。
王衣を新調して、顎髭も生やしたしーーー……、妹には多少不評だが、いやしかし末妹には好評だが。
連中についても学んだし、生きていた化け物とも接触を図った。
出来ることは全てやった。出来るであろうことも、全てやった。
故に座そう。今一度、ここに。
「自分から突っ込んだくせによく言うぜ」
一人、凶相の男。
半獣人であり、王の異母兄弟であり。
嘗ては王を殺そうと目論み、今は王の隣に立つ、男。
「兄さんらしいじゃないですか」
「お、お兄ちゃんだからね!」
二人、健気な女性と張り切る少女。
一人は王の側近として長年尽くし、兄妹としても付き添った女性。
一人は半獣人として嘗ての騒動の最中には死すことさえ考えた少女。
然れど二人は今も、こうして彼の隣に居る。
「付き合うこちらとしては堪った物では無いがのう」
「まー、もう慣れちゃったたぬけどね」
「そうですねぇ。私も何だか落ち着いたのが似合わなくなってきましたわ」
三人、一人の老父と二人の獣人。
一人は葉巻を咥えた牙間から白煙を吹き出し、呆れたように肩を落とす。
一人は未だ跳ね上がるように怖がっている心臓を隠すように胸を張って偉そうに嗤う。
一人はそんな彼女を見通して、面白がるように朗らかな笑みを浮かべる。
彼等は奇異な運命からこの国に従属し、彼等に従属し、共に歩む傭兵達。
共に歩むことを選んだ、傭兵達。
「……こっから先、俺達に出来る事は殆どねぇだろう。神々の戦いなんざに人間が介入出来る方がどうかしてるんだからな」
誰一人として、彼の言葉には頷かない。
否、そう述べている本人でさえも裂けた口端が全てを物語っている。
このまま止まるものか、と。我等シャガルがこのまま座すものか、と。
「残された大国は大国らしく戦おうじゃねぇか。……なぁ?」
彼の背後より歩んでくる、一人の女性。
彼女には四年前の薄暗さも怯々しさもない。
あるとすればそれは、ただ、人としての矜持と責務。
「えぇ、ギルド残党一同、異論はありません」
彼女の言葉は王の凱旋に終止符を打つ。
踵を返すと共に玉座へ腰掛けた彼は、仰々しく片足を組んだ。
大国の王らしく。大戦へ挑む万勇の兵を率いる者らしく。
「上等だ、テメェ等」
その者は違いなく王だった。
無謀なる蛮勇と罵られれば叛することはないだろう。
無能なる愚王と蔑まれれば返せることはないだろう。
それでもなお、彼は王なのだ。王たり得る、男なのだ。
「相手はスノウフ。……そして、神だ」
王の言葉に、皆が胸へ腕を突く。
それは敬礼に等しき忠誠の証。然れど、膝を突くことはない。
彼等にとってそんな暇は一縷として有りはしないのだ。膝を突いて、下を向く暇などは。
「始めようじゃねぇか。……大戦の決着を」
【???】
《???・???》
{…………}
空が、黒い。
暗雲とでも述べるべきか。夜天よりも深い闇底が、己の腕を吸い込むようだ。
然れどその暗雲こそ、何処までも愛おしい。己の創りだした光と対になるであろう、その闇こそが。
「懐かしいですか?」
少年の問いに、神は微笑んだ。
否、或いは安堵したとさえ言うべきか。
誰かに理解されるという行為が、心地良いと自覚することに。
{私は人か、ハリストス}
「いいえ、貴方は神です。ツキガミ」
少年の言葉は何処までも心地良い。
それ故に、恐ろしく思う。愛おしく思う。
神たり得る己が、そう有り得ぬことに。
「貴方の半身はユキバ・ソラが調整しています。それを得てスズカゼ・クレハの器に収まれば、貴方は今度こそ真のツキガミとなるでしょう」
{……では、今は何だ?}
「骸に注がれた雫かと」
{雫、か。言い得て妙なり}
暗雲を、己が掌の中に。
神は嗤う。その者、嘗ての騎士団長の顔で。
手で、脚で、臓腑で、骨で、肉で。
魂魄なき虚ろなる骸にて、嗤う。
「……一応、最悪の状況に対しても奥の手は用意していますがね。えぇ、少しばかりは協力するつもりなんですよ? 僕も」
{構わぬ、我が友よ。ハリストスよ、全能者よ。貴様は好きにするが良い。貴様こそ生きよ、人間よ。何処までも欲深き人よ}
神は千闇を打ち払う。
ただ腕の一振りにして、無果の地を消し去った。
最早、繭殻に籠もる必要はない。己が伏せる理由もない。
始まるのだ、最後の戦いが。最初の戦いが。
「嬉しい。……けれど何処までも勝手な言葉だ」
全能者もまた、嗤う。
無尽の時を生きる彼等にとって、それは幾千の砂粒が一つ。
幾度となく繰り返してきた闘争の一糸。ただ、その内の一つ。
然れどそれが、それ等が、彼等という存在を創った。
滾るのだーーー……、幾千幾億と過ぎ去ったあの時のように。
大罪人共と斬り合った、あの時のように。
{刻もうではないか}
この星に、我が命運に。
ただその闘争の、幕開けを。
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