彼女達の理由
《住宅街》
「外壁は段々と復興してきているようですね」
「えぇ、我々も支援した甲斐があるというものです」
メメールとミルキーの視線の先には瓦解した城壁があった。
尤も、その瓦解さえも今は修復されつつあり、もう幾月かあれば直り切るだろう。
いや、その時まで何も無ければという条件が付くから、幾月と言い切るのは無理があるのだけれど。
「しかし、思えば大変なことになりましたね。世界の命運を賭けた戦いなど……」
「スズカゼさんはそんな事をしないと言い切れない辺り、彼女らしいと言いますか何と言いますか……」
二人は似ている。
過程や結果こそ違えど、スズカゼに国を救われた面々だ。
その過程が多少アレだったのは省くが、ともあれ、彼女に恩があるのは間違いない。
「ミルキー女王。貴方はこれからどうしますか?」
「え? これからって……」
「サウズ王国に留まるか、我々の国に戻るかです」
メメールは何処か微笑むように、いや、窘めるようにそう述べた。
言葉を穏便に包んでこそ居るが、彼の言っていることは決して間違いではない。
元より戦人でもない彼等だ。このままこの国に留まっても、足手纏いにしかならないだろう。
しかし自国に戻れば、万が一があっても、誤魔化すことは出来る。
「言ってしまえば、えぇ、彼女達は決してそうは思わないでしょうけれど、我々はあの計画の時点で用済みなのです。修復の支援さえ自己満足に過ぎない。……ここまでは解りますね?」
「……は、はい」
「その上で、貴方はどうしますか?」
国の長として、王として、問われている。
ミルキーは口端を噤むように畏まり、そのまま視線を下げる。
怖いから、強張ってしまうから、震えてしまうからーーー……、ではない。
ただ決まり切った覚悟を述べる為の、息を思いっ切り吸い込む為に。
「私も戦います」
自分は刃を振るうことは出来ないし、魔法や魔術も撃てはしない。
けれど水を運ぶことは出来るし、傷の手当ても出来る。
一国の王女ではなく、一人の働き手として、彼女を支えることは出来る。
「……迷惑、でしょうか」
「いいえ。決して迷惑ではありませんよ」
私もですから、と。自分へ呆れるようにメメールは微笑んだ。
結局は似た者同士なのだろう。彼等は、似ているのだ。
国を救われただけではなく、その心根さえもーーー……。
「良い心がけよ、ミルキーたん。調整前に見かけて良がっ」
ミルキーの股座からにょっきりと顔を出す救いようのない変態一名。
だが、驚いたミルキーは思わず倒れ込んでしまい、必然的に変態の首が在らぬ方向へ向くこととなる。
残ったのはかなり生々しい砕音と共に動かなくなった変態と、尻餅をついたまま涙目で怯えるミルキー。
そしてスズカゼがどんな人外魔境に飛び込めばこんな人物と付き合うようになるのだろうかと遠い目で空を見詰めるメメールだった。
「……で」
ともあれ、と。
変態、基、イトーが死にかけてから数分後、驚きの速度で復活して。
メメールとミルキーが数歩ほど、確実に逃げ切れるであろう距離を取りながら、彼等は並んで歩く。
曰く、イトーと名乗った少女は貴方達に自分の贖罪を聞いて欲しいのだ、と。
そう、述べたから。
「まーね、ぶっちゃけ愚痴なんだけどさ。貴方達以外に吐ける人もいないし、ちょっと付き合ってくれないかな」
傍目から見れば、それは間違いなく少女だ。
然れどその言動や雰囲気は、とても子供とは思えない。
むしろ自分達の方が幼いのでは無いか、と。そう思えるほどに。
「私ね、スズカゼちゃんを利用しててさ。あの子ごと化け物を封じ込めて殺しちゃおうって考えてたのよね。失敗したけど」
軽々しく言い放てども、その裏にある後悔までは隠しきれない。
イトーが自身達に視線を向けないのは、その表情を見られたくないからだろう、と。
口に出すことはないがメメールもミルキーも、理解していた。
理解せざるを得ない程に、その言葉は、痛々しかった。
「でもね、あの子は受け入れてくれた。別にそんなのどうでも良いって、赦すんじゃなくて受け入れてくれたの」
それが嬉しくて、苦しくて。
怒鳴り散らしながら斬り付けてくれるなら、どれほど楽だっただろう。
何も言わずに全てを消し去ってくれるのなら、どれほど楽だっただろう。
けれど、赦されない。自分が逃げるのは、赦されない。
彼女を利用した自分が赦されるはずなど、ない。
「……だからね、これは贖罪で愚痴。言っても言わなくても変わらない、私の自己満足」
彼女は、僅かに口端を緩めて空を見る。
蒼い。何処までも続くように、自由なように。
まるで彼女のように、果てしなく。
「今日中には彼女の剣が完成するわ。そうすれば調整も含めて、あと数日で戦いが始まる」
だからその数日の間に、と。
「私は自己満足で罪を滅ぼすわ」
結局、彼女の行動原理も彼等の行動原理もそれに帰結する。
自己満足なのだ。どれだけの大義名分を掲げようとも。
だからこそ、動くことが出来る。望むことが、出来る。
「……もう少しだけ、ね」
イトーの言葉に、メメールも、ミルキーも、微笑むような頷きを見せた。
或いは安堵なのだろう。自分の行動の、言い知れぬ熱情の正体を知ったから。
たったそれだけの、単純な正体をーーー……。
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