託されし義手
《城壁外郭》
「…………」
晴天を眺めながら、彼女は首筋に粗布を掛けて軋む腕の感触を確かめていた。
この四年間、自身の整備こそあれど、正式な調整無く付き合ってくれた義手だ。
最早、もう幾度と動かせば容易く瓦解するだろう。いや、瓦解ならまだ良い。
もし戦闘中に崩壊などすればーーー……、最悪だろう。
「どうするつもりだ、それを」
そんな彼女の隣に腰を放り投げながら座すチェキー。
彼女は錆び付き、幾多の破壊が刻まれた義手に目をやった。
自分とて嘗てはこういった機械の類いに携わったこともある。いや、携わったことがない者でも一目見れば限界が近いと解るはずだ。
「……どう、とは出来まい。騙し騙しやるしかないさ」
ぱきり、と錆が落ちた。
やはり師匠が、あの男が敵に回ったのは痛い。
元より自分の知識の為ならば何でもやる男だったが、まさかこれ程とは。
せめて義手を調整してくれた後ならば、とも思うが。
それは所詮、我が儘か自己満足なのだろうけれどーーー……。
「そんな貴方に朗ほぅえっ」
格好良く飛び出ようとして、そのままふらふらと転げ落ちる女性。
オクスとチェキーはまた変態か変人かと視線を向けるが、そこに居たのは変態でも変人でもなく、変質者だった訳で。
「……ケヒト殿。何を為さっているのですか」
「お、起こひて……。立つ元気があらへん……」
仕方無く瓦礫から引き上げられるケヒトと救急箱を運んでくるチェキー。
しかし、引き上げるオクスは彼女が妙に重い。
太ったと言うのは流石に失礼だが、いや、それにしてもやはり重い。
「あ、あの、ケヒト殿? 何を持って……」
「これぇ……」
オクスが引き上げたのはケヒト、と。
彼女が腰元に巻いた馬鹿みたいに大きい風呂敷。
「何です、この、巨大な……」
「貴方の義手や。三武陣オクス・バームさん」
解かれた風呂敷から出て来たのは、白銀の義手。
彼女が今纏っている物に決して劣らぬ、逸品。
思わず喉を詰まらせたオクスは腕先を振るわせ、再びケヒトを落としてしまう。
「何するんですかぁ……」
「い、いや、申し訳なく。しかしこの義手は?」
「ウチの趣味の一作ですわ。言うて何年も試行錯誤繰り返して作ったヤツやけども」
彼女の趣味は古今東西の珍妙な機具を収集することだ。
だが、それはあくまで医療に限る。故に彼女は万年金欠だった訳だ、が。
四年前のある一件より、彼女は自身の身で義手の恐ろしさを思い知った。いや、機械類の恐ろしさと言うべきか。
故に彼女は作っていた。気紛れに等しい思いで、それを幾年の参加で、幾度も繰り返して創り上げ、昇華させ。
それだけやって、漸くある男が数ヶ月未満で作り出した義手の域に到達できた。
「ぶっちゃけ接合や調整ならウチでも出来る。せやけど、義手の微調整に関しては……」
「それは私がやろう」
ケヒトの顔面にぶっかけられる消毒液。
顔を押さえて転げ回る彼女と流石にやり過ぎたかと髪先を掻くチェキー。
人体構造には詳しいが、手当の経験がない故の失敗である。された方からすれば堪った物ではないが。
「目がァアアアアア! 目がァアアアアアアアアアア!!」
「……すまん」
「大丈夫ですか、ケヒト殿……。いや、それ以前にチェキー、接合というのは」
彼女は何処か不満げに、いや、露骨に拗ねるが如く、オクスから視線を外す。
繰り返すが彼女は人体の構造に詳しい。いや、さらに言えば精霊事象と人体に詳しい。
何故か? それは彼女の所属していた組織に由来する訳だがーーー……。
それを言えば自分より数段詳しい人間が居るのは、事実。
「……解析者の方が良かったか」
オクスとケヒトは顔を見合わせ、大きく息を吐き捨てる。
まぁ、要するにそういう事なのだろう。
ちょっとした劣等感だ。本人も区切りを付けているから、尚更タチが悪い。
「結局はそうなのだ。私だって思想を重ね、意味を理解し、整理して、漸く辿り着いた完成形があの老人の物だった。……忌々しいけれど、あの男は先へ辿り着くのが結果なのだろう」
だからこそ私は奴に、と。
愚痴にも思えるような口調でぼやく彼女を兎も角として。
オクスは呆れ混じりに彼女達へ礼を述べた。
この義手を託してはくれないか、と。
「料金は高うつきますで?」
「クロセールに付けてくれ」
「……どーせ、解析者の方が」
「いや、貴様の方が頼れるぞ、うん。信用しているしな?」
喜々として料金計算を始めるケヒトと、未だグチグチと零すチェキー。
勢いこそ違えど果てしなく面倒な二人に囲まれて、オクスは肩を落とさんばかりのため息を吐き出した。
そろそろ城壁整備に戻らねばなるまい。休憩も終わりだ。
いや、その前にこの面倒な二人をどうにかしなければならない訳だがーーー……、はて、どうすべきだろうか。
「……はぁ」
無論のことその答えを述べてくれる者は居ない。
居るとすればそれは、上着を脱ぎ捨てたまま瓦礫に埋まった馬鹿を掘り出すという、言い訳ぐらいだろう。
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