失場の来訪者達
《城壁外郭》
「お?」
城壁辺りで瓦礫を手当たり次第に吸い込んでいたメタル。
そんな彼の眼前に、一人の医者がふらふらと歩んでくる。
医者の後ろには見覚えのある、屈強な大男と妙齢の女性と、少女が一人。
「おーっす、久し振りー!」
彼等は、鉄鬼の主人と同じくギルド地区で生計を立てていた者達だ。
ケヒト・ディアン。ギルド地区にて医者として生計を立て、嘗てはスズカゼ達の手当をしたこともある。
ユーシア・ラテナーデ、ドルグノム・ラテナーデ、そして彼等の脇に居る少女。
同地区で月光白兎なる酒店を経営していた経歴を持つ夫妻と、そこで働いていた少女。
メタルからすれば四年振りの会合となる。尤も、まさか会うなり女性らしからぬアレをぶちまけられるとは思わなかっただろうが。
「…………」
「そんな捨てられた子犬みたいな顔されても」
「……服」
「はいはい、洗ってあげるから。ドル、ラテを連れて荷物置いてきてくれる? シャーク国王が連絡とって場所用意してくれてるはずだから。あ、序でに彼の服も持ってって」
「……」
男は無言のまま、自身の胸ほどの荷物を抱えてとてとてと奔っていく少女の後ろを付いていく。
その方に自身の、常人の数倍はあろうかという身長の、さらに数倍近い荷物を担いで。
序でにケヒトもその方に乗せて、メタルの衣服を引っ張り抜いて、だ。
「何か野菜の気分……」
「ドルは頼りになるわー。ギルド地区離れた後も彼のお陰で色々便利だったし」
「あぁ、あの子に名前付けたんだな」
「えぇ、もう今じゃラテは私達の子供みたいなものよ」
嘗てスズカゼが助けた、孤児。
図らずも件の喧騒に巻き込まれた彼女だが、ドルグノムの前を小走りに歩いて行く様子を見るに、充分な成長をしているようだ。
「つーか何でケヒトはあんな状態なんだ……」
「長旅の所為よ。ラテはずっとドルが抱えてたし……、彼女も四年で結構無茶してたしねぇ」
「無茶?」
「あの子の趣味は色々な機材を集めることだしねぇ」
この四年間で東西南北、色々な所を這い回って集めたのよ、と。
そう呟く彼女の視線の先にあるのはドルグノムの背負う荷物。
否、荷物の大半を占める、異様なほどの機材。
「ま、何か有効活用できるでしょう」
「そりゃ良いけど……。と言うかお前等は何で来たんだ? 言っちゃ何だが、もうこの辺りは戦場だぞ? 何処ぞの小国に居た方が余程安全だと思うが」
まさか、と。
肩をすくめ、彼女は苦笑する。
その表情にあるのは戸惑いよりも、迷いよりも。
ただ、追憶。
「やっぱり、時って流れちゃうのよね。不幸はいつまでも続かないけれど、幸せもいつまでも続かない。必ず、終わりはあるのね」
哀愁混じりに零す、ユーシア。
然れど彼女に返される言葉は、軽快で。
「だったら、次の不幸にも終わりはあるさ」
ケラケラと笑う彼に連られて、ユーシアの頬も自然と緩んでいく。
良いこと言うじゃない、と。彼の背中を張りながら笑う程度には。
ーーー……尤も、その衝撃でメタルが顔面から瓦礫の中へ突っ込むことになろうとは、流石に思っていなかったようだが。
【サウズ平原】
「…………」
黒衣は、風に靡く。
己の四肢を撫でる風が、通り抜ける旋風が。
平原の揺れる草気さえも、自身が知るものではない。
「……」
ニルヴァーは身を翻し、後方へ視線を向けた、
漆黒に覆われた顔面であろうと、黒眼鏡に覆われた眼であろうと。
彼女が自身が見られている、と気付くには充分だったのだろう。
「完全に隠蔽とまではいかなかったが……」
旋風は解けて、女人の姿を露わとする。
草原の草々が折れ、大鎌を携えた彼女が現れたのだ。
尤も、戦意はない。あるのは露骨なまでの警戒心のみ。
「見付かるはずはないと思ったのだが、どうだろう」
「…………」
フーが行っていたのは風の魔術による隠伏だ。
尤も、完全に姿が隠れる訳ではない。一方向程度から、或いは数方向程度から臭いや現像を視認させない程度だ。
それでも意識さえしていなければ充分に隠密出来る、はずだったが。
「随分と気を張り詰めている。味方ばかりの場所でどうしてそこまで気を張るのかと思うのだが、どうだろう」
「…………」
答える気はないとでも言わんばかりに、ニルヴァーは彼女から視線を外す。
微風に靡く己の衣を直しながら、黒眼鏡を掛け直して。
雰囲気一つ、気配一つ、変えることなどなく。
「心配せずとも別に敵意はない。クロセールの心配性の所為だと思うのだが、どうだろう」
彼女は鎌を肩に掛け、男の隣に座す。
最早警戒心一つさえない。いや、元々はあるはずもなかったのだ。
ただクロセールの用心深さが彼を見張れと言っただけのこと。
尤も、彼よりも良く言えば純粋な、悪く言えば直感的なフーには、彼が敵意を持っていないことは解っていたのだけれど。
「……ギルドがこんな事になるとは思わなかったのだけれど、どうだろう」
自分も、クロセールもオクスもそうだ。
孤児としてあの組織に育てられ、生きてきた。
途中からギルドに加わった彼にこんな事を話すのもどうかと思うが。
ただ彼女はつらつらと、何も言わぬ男へ、愚痴を零すばかりだった。
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