準備を進めて
「畜生、追い出された……」
とぼとぼと情けなく街中を歩いている、スズカゼ。
何と言うことはない、ただファナの治療中に横でセクハラをカマしまくったせいで追い出されただけの話だ。
尤も、追い出したのはファナの魔術大砲だったというのは言うまでもない事だろうが。
「にしても、本当に二人とも強くなってたなぁ」
きっと、嘗ての自分では手も足も出ないだろう。
恐らくデイジー相手にでさえ、純粋な剣術では撃ち合われる。
ファナには魔法魔術戦では勝てないだろう。
それ程までに、彼女達は強くなった。
「……傲慢、だったかな」
彼女は、零すように呟いた。
然れどその表情に悲哀や後悔はない。
あるのはただ、安堵。
「おっと」
そんな彼女の前に、曲がり角から飛び出てくる少年。
思わず受け止めた彼女の足下で、その少年はわぶっと唇を押す。
暫しの停止、大体数秒程度の後、少年は上を見上げて、視界が一切阻害されない見事なまでの平坦を超えて彼女の顔を見た。
「殺すぞ」
「このお姉ちゃん怖い」
毎度の彼女の持病は兎も角として、だ。
喚く彼女の元で怯える少年の耳に、彼の名を呼ぶ声が届く。
少年は眼前の何かアレな人から視線を外さずに後退り、やがて曲がり角まで辿り着くと、そのまま一気に奔り抜けた。
本能が言っている。アレと関わるべきではない、と。
「あ、フェネ! 何処行ってたのよね!?」
「母さん。アレ、駄目。アレ、ヤバい」
「え? 何が」
「私がじゃないですか」
息子を抱えて全力で走り出すフレース。
その眼前へ当然のように回り込むスズカゼ。
もう駄目だ、短き人生ここに散りゆと辞世の句を詠むフェネクス。
一瞬で三者三様の覚悟を決めた面々だが、いや、覚悟らしい覚悟を決めたのは二人だが、そこは誤差だろう。
さて、飢えた狼は華奢な子羊に飛び掛かろうと舌を舐めずる、が。
「……フレースさん、この子、誰?」
「え? 私の子……」
「私とは遊びだったのね!?」
「遊びでも嫌なのよね」
真顔で断るフレースと下手な泣き真似を見せる変態、基、スズカゼ。
ただ母親の腕の中で困惑する少年は置いておきながら、彼女達は四年振りの会合を喧騒で迎えることとなった。
尤も、まぁ、喧騒さえ悪くないと思えるほどに、開いた時間があったのは事実だが。
「……お久し振りです、フレースさん」
「えぇ、久し振り」
少年は知る由も無い。
フレース・ベルグーン。己の母と眼前の変人に、どのような関係があるのか。
精々予想が付くのは古い友人か、旧敵か。そんな所だろう。
尤も、まさか彼女が嘗て母親が殺した、殺しかけた相手だとは思うまい。
「で……、父親は何方で?」
「ニルヴァー」
「マジ?」
「マジ」
スズカゼの視線はじろじろと舐めるように少年を見る。
確かに面影はある。どちらかと言えばフレースよりもニルヴァー似だろう。
まぁ、ショタっ子に興味はないからどうでも良いのだが。
「そう言えばそのニルヴァーさんは? 来てるって聞いてますけど」
「え、あ……、うん」
途端、フレースの表情が曇る。
確かにニルヴァー・ベルグーンは今、この国に居る。
居るけれど、彼女にとってそれは喜ばしいことではない。
四年越しの再開だとか、初めての子供との顔合わせだとかではなく。
ただ、彼が、何だか違う気がしてならないのだ。
「四年だからね、変わる物もあるのかも知れないけど……。やっぱ、違うように思えるのよね」
だからこそ、彼女は未だニルヴァーとは真正面から会っていない。
この戦いが終われば整理も付くと思う、と。そう言葉を付け足す表情は、何処か儚げで。
「そ、それより! スズカゼちゃんはここで何してるのよね?」
「セクハラしたら追い出された……」
「そりゃそうなのよね……」
《リドラ邸宅》
「……ふむ、これか」
「えぇ、これです」
一方、スズカゼの魔剣を打ち直す為に集まったリドラとクロセール。
とは言え、二人ともどちらかと言えば研究者気質な人間だ。
ぽつんとボロボロを前に置かれても、はて、ここからどうすれば良いかが解らない。
「確かに凄まじい魔力を感じる、が……。これでも模造品か」
「えぇ、原剣は[斬滅]が持っていますから。作成は師匠……、ユキバ・ソラなので有り得なくもない話でしょう」
「恐ろしい男だ、奴は」
とは言え、この剣を修復するにはどうすれば良いのか。
並大抵なら出来なくもないが、この逸品だ。
下手に弄って折れたともなれば目も当てられない。
「出来ればその手の本職に任せた方が良いが……」
「この国に鍛冶師は居ないのですか?」
「居るには居る、が……。この剣を鍛えられる腕となると……」
そんな風に悩む彼等の隣から、腕がぬぅと伸びてくる。
二人が驚いて振り向いた先に居たのは一人の老練なる男性だった。
蓄えた髭や深掘りの眼は何処か威厳さえ感じさせる。
尤も、彼がどのような風貌であれ、その剣を掴ませる訳にはいかない。
リドラは急いで注意を促そうとした、が。
「鉄鬼の……!!」
クロセールの言葉に、男性は、鉄鬼の主人は頷いた。
嘗てはギルド地区にて鉄鬼という武器防具屋を営んでいた男性。
そして、シン・クラウンの父親代わりでもあった、男性。
「……これは儂が鍛え直そう。シャーク国王からの依頼じゃからな」
老父の手には一本の刀があった。
否、それを剣と呼んで良いものか。折れた刀身は兎も角、柄には錆び付いた血が黒煤に上塗られ、こびり付いている。
骨董品ですらない、ただのがらくた。
それは最早、刀と呼ぶことさえ烏滸がましい。
「…………?」
然れど、リドラはその刀に見覚えがあった。
何処で見たのか、誰の物だったのかまでは思い出せない。
しかしその刀は確かに、見た事があるはずだった。
「これは、何処で……?」
「ここに来るまでのサウズ王国跡地で拾ったのじゃが……、貴様のだったか?」
「い、いえ……」
その刀が何だったのかは、未だ思い出せない。
然れどリドラは、その刀を材料に魔剣の模造品を打ち直すことを否定する気にはなれなかった。
直感と言えばそれまでだろう。しかし、それは必然である。
「さぁ、手伝ってくれ。純粋な剣や刀ならまだしも、儂は魔力については専門外じゃぞ」
「……そうだな、了解した。手伝おう」
「全く、手間が掛かりそうだ」
彼等は一本の剣を打ち直す為に設備のある場所へと移動していく。
その手には青年の願いが込められ、彼女が振るう一本の剣。
その手には獣人の想いが込められ、彼女の剣となる一本の刀。
誰が知ろう、誰が知っていよう。
最早それを知るのは誰も居ない。然れど彼女は確かに知っていた。
その刀に込められた、意味を。
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