二人の弱者と彼女の庇護
《住宅街》
「……!」
デイジーはひたすらに街中を奔り抜ける。
幾多の瓦礫を飛び越えて、幾多の人混みを潜り抜け。
彼女の姿を見つけるために、ただ、奔り続ける。
「スズカゼ殿っ……!!」
やがて、デイジーの瞳に映る、懐かしい背中。
小さくても何よりも大きく、堂々とした、背中。
怪我人達を治療する場で屈み込む彼女へ、デイジーはただ走り込んでいく。
「スズカっ」
「イトーさん、やっぱファナさんのデカいですよね。これ何カップ?」
「E……、いえ、Fはあるんじゃないかしら?」
「下手したらG……」
何を言って居るかは解らないが取り敢えず関わらない方が良い、とデイジーは踵を返す。
無論、変態共がHを超える彼女を逃がすはずなどないのだが。
「お久し振りです、おっぱい」
「甲冑で隠れていても、サラシで抑えられていても解る。このおっぱい力。ただものじゃないわね……」
思う。
チェキーやオクス達はスズカゼに会いに行けと言った。
けれどこんな事のためにじゃない。絶対そうじゃない、と。
「乳さん、じゃねぇや。おっぱいさん、でもねぇや。デイチチさん」
「デイジーです」
「そうだった、エロチチさん」
「殴り飛ばしますよ」
割と真顔でキレる彼女に変態二名は正座させられ、数分の説教を受ける。
尤も、説教が終わると共に二人が彼女の胸を揉もうとしたので数十分ほど延長したのは、また別の話としておきたいところだが。
「……まぁ、兎も角。スズカゼ殿はご無事、とは言えませんが、帰って来ていただいて何よりです」
「太股すりすりしたい」
「黙ってください」
「脚の指ぺろぺろしたい」
「ちょっとそっちの子供も黙りなさい」
抑圧は暴発の引き金である。さて、誰の言葉だったか。
そんな事を思い浮かべながら、デイジーは眼前でおっぱい音頭を取り始める変態共に辟易していた。
いったい何がどうなれば一年前のアレからコレになるのか。
心労を積み重ねて相談に来た自分が、まるで馬鹿ではないか。
「五月蠅い」
そんな彼女達の頭上を、いや、避けなければ顔面だった場所を貫く白炎の砲撃。
二人は凄まじい速度でそれを避けると共に、途端真面目な表情で正座し直した。
流石に、先程まで手当と称して乳と尻を揉んでいた事がバレたらマズいと感じたのだろう。
と言うか死ぬ。絶対死ぬ。
「……デイジー・シャルダ。この馬鹿共に何の用だ」
「あ、い、いえ、私は……」
「何の用がある。私も、貴様も」
怪訝そうに、否、苛つきさえ孕んだ眉根。
包帯に巻き付けられた腕は次第に照準を変え、デイジーの胸部へと向けられる。
スズカゼは、直感的に感じ取る。
撃つ気だ、彼女は。
「スズカゼ・クレハ。何故我々の元へ戻って来た。何故、また足手纏いを作りに来た」
腕は、徐々に自身の頭へと。
彼女はただ憤怒に歯牙を噛み締めながら、自身の臓腑へ黒紅が滲むのも厭わずに。
「貴様は、また虚空に堕ちるつもりか」
彼女は知っている。己の無力さを。そして、現状を。
バルドが彼女に告げたことが全てだ。所詮、自分は足手纏いにしかならないだろう。
嘗てのように、ジェイドやハドリーのように。
自分は、彼女の枷になるのだろう。
「虚空よりおっぱいに堕ちたい……」
スズカゼの顔面を貫く白炎の砲撃。
否、寸前で反り返った彼女は、どうにか眉間の火傷だけで済んだ。
数秒、いや刹那遅れれば本当に頭が吹き飛んでいた辺り、本気だったらしい。
「真面目な話だが」
「そうよ、スズカゼちゃん。まずはお尻からね?」
「デイジー、殺せ。コイツ等を殺せ」
「い、いや、その、何と言うか……」
終ぞ苛つきが頂点に達したファナの傷口が開き、彼女の口腔から鮮血が吹き出した。
皆はそれと共に慌てだし、イトーは治療を、スズカゼは傷口を押さえ、デイジーはそれを手伝うという天手古舞いな事になる。
尤も、今にも死にそうなほど息を切らす患者が零した、こんな変態共のせいでという言葉は二名ほどの視線を逸らさせたのだが。
「……足手纏いとか、そんなの関係ないですよ」
彼女はふと、そんな言葉を呟いた。
しかしそれはファナを納得させるよりも、むしろ苛つきを助長させる。
その理想論を語った結果が嘗ての惨劇だろう、と。
「いや、そこじゃなくて」
平然と、軽々しく。
ただいつものように笑って。
嘗てのように、笑って。
「皆、護るほど弱くないですもん」
ただ、そう述べた。
単純な話だったのだ。自分が躍起になって護ろうとした者達は。
己で刃を持ち、盾を携え、怒りを叫ぶことが出来た。
いつしか、自分は傲っていたのだ。彼女達は、皆々を護るのは自分なのだ、と。
彼女達の強さなど無視して、それが当然の様に振る舞っていた。
「貴方達に振り翳される刃は払いましょう。降り注ぐ弾丸も、放たれる雷風も、払い除けましょう」
だけれど。
例え如何なる死を私が打ち払おうと。
貴方達の代わりに敵を打ち倒そうとも。
「いつだって、立ち上がるのは貴方達だ」
彼女がそうであったように。
例え背中を押さえようと、その手を引かれようとも。
彼女が自分で立ち上がったように。
「私はあの人達みたく器用じゃないですからねぇ」
だから、待つ。
全ての脅威を打ち払い、貴方達が立ち上がるのを。
ただ、待つと決めた。
「…………そこまで」
弱くはない、と。
ファナもデイジーも、その先を言うことはない。
然れど彼女達の心に宿る焔は、消えはしなかった。
結局は確認したかっただけなのだ。結局は縋りたかっただけなのだ。
決して揺らがぬ、その強き女性を。
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