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獣人の姫  作者: MTL2
我道を行く者達
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その者達もまた動きて



【???】

《???・???》


「……こんなモンだな」


ユキバは、最後の螺旋を締め終わる。

彼の眼前にあるのは、一体の人形だった。

否、それを人形と呼ぶべきなのか人間と呼ぶべきなのかは定かでない。

決して外れる事のない覆面と、四肢から臓腑までに到る義手、或いは義臓。

人形と称すのであれば人形だ、人間と称すであれば人間だ。

即ちその者は、その程度の存在なのだろう。


「最終調整は終いだ。これで契約も終わりだな」


「…………」


人形は、何も答えない。

まだ喉に違和感があるのか、という問いにさえも、だ。


「……まァ、良いさ」


踵を返すように、半身を翻したユキバ。

彼の眼に映るのは道化師だった。

否、そうではない。そうであって、そうではない。

確かにそれは外見上道化師だろう。しかし、本来のそれとは違って肉は持たない。

全てが機械仕掛け。全てが造り物。全てが魂無き創造物。

全てはーーー……、幾億体と、並ぶ。


「まァ、雑兵ぐらいにはなるだろ。ここも護らなきゃいけねぇしな」


幾億の果てにあるのは一つの球体だった。

否、球体と称すには余りに禍々しく、悍々しく、深い。

この世を一点に押し込めたような、引き摺ったような、闇。


「魂魄理論で言うのなら、これは魄だ。要するにツキガミの半身だよ」


必然であろう。ゼル・デビットという男はツキガミの魂に適応こそすれ、器ではなかった。

当然の道理として溢れる(・・・)。莫大な、膨大な存在は、収まりきるはずなどないのだ。


「これが収まったとき、俺の目的は達成される。夢は、達成される」


未知の探求、或いは知識欲の極地。

ユキバはそういう男だ。そういう存在だ。

その為に全てを捨て去ることを、犠牲にすることを厭わなかった。

そういう、男だ。


「楽しみだなぁ」


しぃ、と。

歯牙の隙間から吐息を吐き出して。

その男は、嗤う。


「…………」


眼前の道化師は、やはり未だ何も述べることはない。

然れどその双眸に浮かぶ光だけは、確かに、彼の姿を捕らえていた。



【スノウフ国】

《聖堂教会・第八十四支部教会》


「…………」


彼女は、眺めていた。

場末の小さな教会。誰も居ない、居なくなった、教会。

その聖堂に鎮座する、聖母の姿を。


「あら、人が居たのね」


ふと、扉が開く音と共に背後から鈴音のような声が聞こえる。

何処までも透き通っていて、宝石のように輝かしく、けれど水面のように静かな声。

その姿を見たいと思ってしまうほどに美しく、儚い、声。


「え、あっ……」


「あら、貴方は確か……」


そこに居たのはレヴィアだった。

天霊が一人、オロチやヴォルグと肩を並べる者であり、実質上のスノウフ国を支配する者の一人である。

そんな存在を前にして彼女は、ピクノは震えるように軽く頭を下げる。

それこそ怯え逃げるように、瞳を伏せて教会から出て行こうとした、が。


「あ、ま、待ってくれないかしら」


しかし、レヴィアはそんな彼女を呼び止める。

戸惑いながら、申し訳なさそうに、段々と声を小さくして、だ。

その姿は大国を滅ぼし、スズカゼを貪り尽くし、然れどフェアリ教でも上位に存在する天霊とは思えない。

むしろ気の良い隣人のような暖かさえ、感じる程に。


「そ、そのね? 私達ってダーテン・クロイツと取引してここに居るけれど、貴方達とはお話ししたことないでしょう? だから、お話ししようかな、って……」


精一杯の微笑みを浮かべながら、出来るだけ優しく、穏やかに囁く彼女。

しかしピクノがそれを真正面から、素直に受け取ることは出来ない。

受け取れるはずなど、ない。


「……私は、フェアリ教を信じているデス」


フェアリ教。精霊や天霊を崇め讃え、ツキガミを主神とする宗教。

その言葉は即ち自己の肯定であり、歩み寄る為の言葉なのだろう、と。

レヴィアはそう受け取って嬉しそうに顔を輝かせる、が。


「でも、幾らフェアリ教の教えがあっても、私は友達を苦しめた人を、大切な人を苦しめた人を赦すことは出来ないデス……」


彼女はそうとだけ言い残すと、大きく頭を下げて教会から走り去って行った。

その後ろ姿に手を伸ばそうとするも、その腕は力無く垂れ下がる。

解っている、拒絶されて当然なのだ、と。

けれどオロチが人間を利用するように、ヴォルグが人間を滅ぼそうとするように。

自分はただ、彼等と共存出来ないかと、思う。


「……けれど、無理よね」


解っている。

自分達がしたことを、その結果を。

だからこそ解っている。解らなければならない。

人との繋がりを持つ事は出来ない、と。諦めざるを得ないのだ、と。


「悲しいなぁ……」


或いは彼女が愚直であれば、或いは優情者であれば、その選択肢もあっただろう。

しかし、彼女は願いを持つと同時に己の望むものが矛盾することを知っている。

故に彼女は願わない。願う事を、諦めたが故に。


「私達の目的の為に……、ね」



《大聖堂・大会議室》


「阿呆共めが」


器が、円卓を弾く。

鳴り響く鈴音のように鋭い音を聞いたのは、誰も居ない。

影に沈む従者さえ、その音を聞くことはない。

いいや、聞こうとはしない、と言うべきか。


「……如何、いたしますか」


「釣られたのは奴だ、迷ったのは奴だ。ならば我々が出る理由はない、が。……傍観する理由もない」


ヌエの眼前を舞う埃が、燃え果てた。

その者より放たれる雷撃が埃を喰らったのだ、と彼女は直感する。

否、そう思案する間もなく、舞うのだ。

黄金に等しき雷撃が、その者の、ヴォルグの身域を。


「ヌエ、オロチとレヴィアを召喚しろ」


「……構いませんが、何を為さる御積もりですか」


「何、終ぞ遊ぶ暇もなくなったという事だ」


杯は、砕け散る。

雷撃は周囲の埃のみでなく、酒も、円卓も、椅子も。

ただ己の怒りを喚き散らすが如く、稲光る。


「決戦と……、征こうではないか」



読んでいただきありがとうございました

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