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獣人の姫  作者: MTL2
我道を行く者達
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歩みと弱者のその先へ


「な、な、な、なぁ、なあ、なああああああ!?」


王は、ナーゾルは脂ぎった指先を凄まじく震えさせる。

と言うよりは最早、絶句する喉から無理矢理声を捻り出しているような物だ。

当然と言えば当然だろう。いや、当然で然るべきだ。

死したはずの女王が眼前に居て、四天災者[魔創]が生きていて。

サウズ王国の象徴が、今、眼前に、君臨している。


「メイアウス、女王……!? メタルまで、もが……!!」


リドラもナーゾルと同様に今にもまた気を失いそうに、瞳孔を見開いている。

そろそろ彼等が心労で死ぬのではないだろうかと慌て続けるメタルの隣ではメメールとミルキーが纏めて口から魂を出しかけているし、メイドは直立不動のまま固まっているし。

昔懐かし混沌の中、最初に口火を切ったのはメイアウスだった。


「イトー、途中でファナ・パールズを拾ったわ。命に別状は無いけれど死にかけよ」


「エロいことして良い?」


「別にどうでも良いからさっさと治療してきなさい」


「ヒャッホイ!!」


ちょい待て私もと追いかけようとしたスズカゼを止めたのは、メイアウスだった。

いや、止めると言うよりは軽く指先を振るうだけの行為だったのだがーーー……。

肌先が痺れるかのような、殺意に似た意識が彼女の視線を自然と寄せたのである。


「貴方には言うことがあるわ。そして、リドラ・ハードマンにも意見を聞きたいところね」


慣れだろう。

ナーゾルよりも少しばかり早く、リドラは落ち着きを取り戻した。

と言うよりは自身の専売特許を命じられたが故にそれを飲み込んだ、と言うべきか。


「聞きましょう」


「よろしい。では現状の動きを説明しましょうか」


ナーゾルが持ってきた酒を硝子の杯に注ぎながら、彼女はメタルに視線を送る。

辟易としたその者の腕輪から豪華な椅子が飛び出るまでにはそう掛かるはずもなく。


「シャークが貴方達に話を通さなかったのは、そうね。メメール、貴方なら覚えがあるでしょう」


「へ? あ、わ、私ですか?」


飛び上がるように起きた彼は何が何だか解らない。

覚えがあると言われても、はて、理由さえ思い当たらないのだ。

当然と言えば当然だろう。彼は未だそれを確たる意識としては持てるはずもない。

四年前の、あの出来事は。


「記憶の改竄よ」


嘗て、クグルフ国長であるメメールは記憶の改竄を受けた。

自国への進言を行った男の姿を忘れ、結果的に覚えているのはギルドという単語だけだった。

無論、記憶の改竄を行ったのが誰かという事さえ覚えているはずなどないのだが。


「……あの時、ですか」


ふと、スズカゼはそう零す。

今にして思えばあの時には既に全てが決まっていたのだろう。

オロチと初めて出会い、ギルドという言葉を耳にしたあの時には。

そして魔法石の暴走という件に関わった、あの時には。


「無論、記憶を読まれることも然りよ。記憶の改竄という禁術を使える時点で魔老爵(アジェロン)と同等か、それ以上と見るべきでしょう」


「あのお方と……!?」


メメールは思わず息を呑む。

図らずも、嘗て自分はそんな猛者と出会ったのか。

そしてその魔法を受け、記憶をーーー……。


「まぁ、そんな事は些細事よ。所詮メタルの正体を明かさなかった理由でもあるし」


「メタル? その男がどうかしたのですか?」


「リドラさん、リドラさん」


「解っている、スズカゼ。どうせ不死身族だの超再生族だのの出身だろう。この際、実は精霊だったと言われても驚かん」


「四天災者[斬滅]です、その人」


「そうか、そんな物だろうな」


リドラは何げない動作で酒を掴み、そのまま頭から引っ被る。

サラダに眼鏡を和えて鍋を掴んで出汁を喉に流し込み、終ぞ鍋火に飛び込もうとしたところで流石にメメールとスズカゼが押さえ込んだ。


「照れる」


「……こんなのだから隠してたのよ。馬鹿だから」


「と言うか今更に考えれば四天災者や魔女と知り合いで、アホみたいな魔具持ってて中々死なねぇ時点で気付くべきでしたね」


「精々顔が広いだけが取り柄の男だと思っていたが……!!」


「リドラ、的確に心抉るのやめて」


兎も角、と取り直しながら。

メイアウスは美酒の一滴を唇に流す。

薄汚れた衣服でさえもその動作の前には装飾に見えてしまう。

それ程までに、美しく、妖艶で、危うい。


「私達がまずすべきはシャークへの報告もそうだけれど……、何よりまず修正をすべきよ」


「修正?」


「そうね。そして、強化とも言うべきかしら」


リドラは直感する。

彼女が述べた意見とはこの事だ、と。

そしてこれは何より自分が関わるべき言葉である、と。


「何を為さる御積もりです、メイアウス女王」


「霊魂化を覚えているかしら?」


霊魂化。

リドラ達が彼女の体質を定義した言葉。

即ち、彼女の身体にある人間と精霊という狭間を指す言葉でもある。


「無論です、が。……それが、いったい?」


「此所で少し論理を述べるけれど」


オロチは、正確には天霊達はスズカゼ・クレハをツキガミの器とするため、異世界からの召喚を行った。

これは異世界と異世界の狭間を通すことにより元の存在である人間と、この世界の精霊という存在を混在させるための手段だった。


「ここまでは良いかしら」


「えぇ、構いませんが……、異世界?」


「あー、それについては後で説明しますんで。メイアウス女王、続きをお願いします」


「良いでしょう」


その変換が終わった時、既に彼等は準備を整えていた。

例うならば食卓に皿を並べるようなものだ。全ての料理を作り、全ての酒を並べ、花を飾って灯りを付けて、人も座らせて、フォークやナイフも全て置いて。

その上で、皿を取り出す。たった、それだけのこと。

スズカゼ・クレハという器を、全て準備し終えた後に召喚した。

たった、それだけの事なのだ。


「……ふむ」


「尤も、連中にとっても幾つかの計算違いはあったようだけれどね。最たるところで言えばイトーの抵抗や彼女の成長。そして[全属性掌握者]ハリストス・イコンの行動でしょうけれど……、これだけは私達に取っても都合が悪いわ」


「どういう意味です?」


「このまま放置すればスズカゼ・クレハが神になるということよ。ツキガミと同類の、ね」


人、獣、魔。

その三種を持つ者こそが神である。

言い換えれば知、力、魔力であるがーーー……、全知全能という点に置いては大差ない。

スズカゼはハリストスの行動により、獣を得た。シンの願いにより力を得た。

その結果、彼女の中には人、獣が存在することとなったのである。


「……待ってください。スズカゼ・クレハは霊魂化を抱えていたはずだ。ならば魔も持っていると見るべきでは?」


「そうね、半分だけ(・・・・)ならば」


僅かに、リドラの眼が痙攣する。

そうだ、嘗て矮小な人の身であった彼女でさえ霊魂化には耐えられていた。

それは彼女にとって人間という存在が精霊という存在に勝っていたからである。

つまり、未だ彼女の中にある精霊、即ち魔という存在は完全ではないのだ。


「……だとすれば、どうするのです?」


「言ったでしょう? とは言っても、ここまでがイトーの理論で、この先が貴方に意見を求める理論なのだけれど」


そう前置きを置いた上で、彼女は空になった器を机の上に戻す。

その動作はリドラやスズカゼ、メメールやナーゾルの肌に焼け付くような焦燥を覚えさせた。

彼女による意志一つでここまで変わるのか、と。そう思わせるほどに。


「スズカゼ・クレハ。貴方がこの世界に来た時、変換されたのは貴方だけではないわね?」


「……はい?」


「貴方だけがこの世界に来た訳ではない、ということよ」


一瞬、いや、考えても彼女の言葉が分からない。

彼女の言うこの世界に来たということだが、自分以外は失敗作と呼ばれていたから、イトーやユキバ、司書長ライブラーの事では無いはずだ。

だとすれば何だ? 他に、いったい何がーーー……。


「あっ」


思い出す。

そうだ、そうだった。

メタルもまた、四天災者[斬滅]もまた、知っていたとするならば。

彼と初めて出会った場所での事すら、説明が付く。


「自転車と傘っ……!!」


この世界に来た時、共に送られた物。

ゼルと出会った荒野にて自分が唯一、否、唯二手にしてた現世の物質。

精霊の持ち物として取り上げられ、図書館に飾られていたはずの、存在。


「その二つもまた、物質と精霊、いえ、魔力と言うべきかしら。それに近い存在であるはずよ。コレを使えばスズカゼ・クレハは自己の世界の存在に近付き、さらに魔力を得てより強靱になれるわ」


「そ、それは解りました。けれど、それ等をいったいどうするんですか?」


「その剣。魔剣の模造品レプリカよね」


スズカゼが持つ一本の剣。

ユキバが作り、シンに託したそれは未だ彼女の腰元にある。

尤も、それは連続する激戦の中で傷付き、見るに堪えない欠けさえあるほどなのだが。


「イトーとリドラによってその魔剣を修復しても貰うわ。と言うよりは打ち直して貰う、と言うべきだけれど」


「物質なら確かに難しいことではない……。それに模造品とは言え、魔剣ならば魔力もある」


「可能かしら?」


「無論です。……しかし、その、肝心のジテンシャと傘なるものが」


「ある。この国の文化遺産などは跡地から全て回収出来るだけ回収しているからな」


それを述べたのは今まで唖然とするばかりのナーゾルだった。

彼はサウズが焼け落ちた後も民を統制し、文化遺産を集め戻し、幾多の技術を保存していった。

それはただ、彼の願いと、目的の為に。


「……私の目的は民の平穏と国家の繁栄です。ただ、それだけだ。その為には何でもするし、例え憎い獣人であろうと受け入れた。この国が、再び大国に。世界にサウズあれと讃えられるように」


その男は決して善人ではない。

民の平穏と国家の繁栄に為に何かを切り捨てる人間だ。

然れど彼は、何処までも真摯で、実直で。

そして何より、サウズという王国を愛する人間だった。


「……貴方の国ならば、です。メイアウス女王」


「違うわね」


断ち切るように彼女は否定する。

ふと絶望に狩られるが如く口端を落とすナーゾルだが、彼はそれを受け入れた。

解っている、解っていた。ただそれでも彼女ならば、この国を建て直してーーー……。


私達(・・)の国よ。ナーゾル・パクラーダ国王?」


ナーゾルの目元が、震える。

膨れ上がった、豊満な頬に涙が伝い、落ちていく。

漸く、嗚呼、漸く報われるのだ。

ずっと、ずっと待ち侘びた故に、漸くーーー……。


「さぁ、そうと決まったら行動だ!」


真っ白な歯を浮かせながら、傷だらけの男は拳を突き上げる。

皆もまた、彼の清々しい元気さに連られるように立ち上がった。

再び歩み出す。その道のりが如何に遠くとも、如何に険しくとも。

違い無く弱者である者達は、その先へ、脚を進めるのだ。



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