耐え続けた者達
「……なぁに、これ」
からん、とイトーの足下に転がる、骨。
その次に魚類の殻だの野菜の根っこだのと。
彼女が唖然とする間にその身長を軽く超える皿々が積み上げられていく。
「う、うぅん」
取り敢えず彼女は困惑しつつも、眼前を慌ただしく走り回るメイドの尻を撫で回す。
とても心地良い甲高い悲鳴に頬端を崩しながら、彼女は開いた、と言うかスズカゼとミルキーの隣に無理矢理席をねじ込んだ。
「何の話?」
「現状の整理とこれからの整……、いや何故貴方が居る」
「色々あってねー。それより、何の話?」
「う、うむ……」
大方、リドラも彼女を相手にしてまともな話が出来るはずもないと諦めたのだろう。
彼はそのまま眼前の野菜にフォークを突き立て、口に運びながら現状を述べる。
「とは言え、私も現状を知ったのはつい先日だ。クグルフ国長メメール殿とシルカード国女王ミルキー様より伺った次第だ」
ぽり、と。
野菜の茎を折りながら、彼は次のそれに手を伸ばす。
「つまり今、シャガル王国の兵士はクグルフとシルカードに分散している」
「そして連中は今、中央近くの荒野で慌てふためいている訳だ」
先程のイトーと同じように入ってくる、ナーゾル。
彼の手には見るからに高価な酒が握られている。
酒はそのまま、幾多の喰い痕が散らかる卓上へと置かれた。
いや、正しく言えば幾多を喰い散らかすスズカゼの前に置かれた、と言うべきか。
「……ナーゾル、大臣」
「身構えるな。それに今は国王だ」
彼は相変わらずでっぷりと出た腹を揺らしながら、奥より椅子を引っ張ってくる。
さらには立ち上がって挨拶を述べようとしたメメールとミルキーを掌で制しつつ、眼前の料理へと手を伸ばした。
「確かに私は貴様を赦さん。貴様の所為で大国の栄誉は失墜し、幾多の民々が犠牲になった。私は、それを決して揺るさん」
彼はそう言い捨てながらも、だが、と付け加えて。
眼前の鍋から具材を取り寄せながら、瞳を伏せる。
「四年も悔いた小娘を責めるほど、愚かでもない」
魚身は解れて出汁に沈み、僅かな肉が彼の器の中を漂っていた。
その様子ばかり見るのはナーゾルという男の、意志隠しだったのだろう。
決して赦すことは出来ない。彼女という、スズカゼ・クレハという人間を認めることは出来るはずもない。
しかしそれが今、否定する理由になるはずも、ない。
「……この通り、ナーゾル国王より許可も得ている。例え如何に不利であろうと、人間の矜持を守り通すための戦いを成す、許可を」
恐らく相手の戦力を鑑みるに、勝利することは不可能であろう。
いや、或いは蹂躙されることさえ有り得るかも知れない。
だがそれでも構わない。ただ抗おう、貫こう。
人間として、最大限の抵抗と共に、守護すべき先へ到ろう。
「一年だ。たった、一年。……それでも我々は国を立て直し、騎士団を鍛え直し、シャガル王国との繋がりを強化した」
全ては抗う為に。
弱者故に連中へ刃を振ることは出来ない。
ただ己達が受けた傷を舐め続け、平然と全てを蹂躙する者達に嘲笑われ続け。
「……屈辱だ。バルド・ローゼフォンを疑い、追い詰めようとしていた者が。結局は偽餌として利用された。利用しているつもりのデュー・ラハンにさえな」
「苦痛だった。友を失い、仲間を失い、国を失い。それでも役に立たぬ知識ばかりに頼る自分が」
それでもなお耐えた。それでもなお牙を噛み締めた。
全ては抗う為に。一度だけ、勝率は三割にも満たぬであろうその時の為に。
決して勝てぬと知っている。自分達の無力さは知り尽くしている。
だが、諦められなかった。己に無駄だと言い聞かせ、引き下がろうとさえした。
然りとて駄目だった。弱者たる賢者は、愚鈍たる王は。
諦められるはずなど、なかったのだ。
「無論、戦時英雄を気取って無駄死にするつもりはない。抗ってみせるさ、最後の最期までな」
「無論、私もナーゾル大臣と同じです。この異様な世界で過ごし続ける気などありません」
「わ、私もです! ゼル様が、スズカゼさんが求めた世界を見捨てるつもりなんてありません!!」
「……こういう事だ、スズカゼ」
彼等の眼に揺らぎはない。
一年。彼等がただ耐え続けた年月。
例え無謀と蔑まれようと貫き通すだけの意志を育むに足る、年月。
「……ん、んん?」
然れど、然れどだ。
何か話が噛み合わない。と言うか何か違和感がある。
何だ、彼等との会話に、いったい何が。
「おーい、メイド-! 腹減ったから何か飯ぃー!!」
「あら、ここだけはしっかり直したのね。無駄に立派すぎて浮いてるわ」
至極当然の様に、当たり前のように、彼等は入室してくる。
一人、全身血塗れで数多の裂傷が痛々しい男。
薄汚れてしまった衣服を鬱陶しそうに何度も払い除ける女。
二人の、四天災者。
「…………」
直後、立派な理念を述べていた面々が昏倒する。
いつも通りの癖ではいはいと出て来たメイドも数秒後にはぶっ倒れた。
残されたのは数多の料理と呆然とする変態女共と慌てふためく四天災者の男、そして平然と水浴びは何処で出来るのかしらと辺りを見渡す四天災者の女。
最早何が何だか解らないが、取り敢えずスズカゼとイトーは気を取り直して咳払いをし、静かに視線を交差させる。
「私はミルキーちゃんで」
「んじゃ、私はメイドたんね」
「流石にやらせねぇよ!?」
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