斬滅と断罪
「皮肉なもんだ。嘗て大戦を望んで止めた俺とお前が戦うことになるなんてな」
彼は肩に剣の峰を乗せながら、歩む。
岩崖より剥がれるように降り立つ、男の元へと。
「俺達四天災者がガチでやり合うのなんて何年振りだよ?」
「……覚えてないよ。そんな、昔のことは}
「そうか、お前にとっては昔なのか」
苦笑、ではない。
哀愁さえ孕んだ、笑みだった。
いいや、笑みにしているのだ。笑みにして、隠しているのだ。
やはり駄目なのだろうという絶望を。再確認を。
「俺にとっちゃ今だよ。未来も現在も過去も、今だ」
「……君のように強ければ、良かったんだろうね}
けれど僕は駄目だ。弱いよ。
獣人の指輪が煌めき、周囲に魔力の奔流が荒れ狂う。
豪風さえ巻き起こす魔力の残香。然れどメタルは、一歩として退かず、一縷として瞳を逸らさない。
やはり、駄目だ。この男やメイアウス、或いは殺戮を望むあの男でさえも駄目だ。
俺は殺せない。俺という、四天災者[斬滅]は殺せない。
「だから愛おしいんだよ。今を生きる、人間が」
彼の呟きは、幕を降ろす。
四天災者[断罪]の、一手によって。
「多重ーーー……、憑依」
それを称す言葉を、彼は持ち得ない。
否、持ち得るはずが無かった。彼でさえも、それは知らない。
生真面目で実直な彼だからこそ、戦乱が終わろうと鍛錬を欠かさなかった。
それは奇異にして、若しくは皮肉にも、自身と最悪の相性である[魔創]への対策として、自国を守る為の術として得た、技術。
「……お前、冗談だろ」
嘗て、幾多かの精霊を融合させた人物が居た。
天才という領域さえも超えたその男はその禍々しき存在を混沌霊と名付ける。
数多の精霊を融合させたそれは二重属性どころか三重、四重、いや、それ以上の物さえ得るという結果に到った。
尤も、結局は黒豹と己の息子によって破られる事となるがーーー……、それでも凶悪な存在であったのは間違いない。
だが、それは不純物であったにも関わらずという条件が付く。
「許容量とかいう次元じゃねぇぞ……!!」
混沌霊は、例えるならば一つの器に幾多の色水を加えたような物だ。
重量という強さこそ多くなるが、その実、色合いは酷く濁り、とても使えた物ではない。
しかし今、ダーテンが行っている多重憑依。
それは自身を器に見立てた、複数の天霊を融合させる行為、ではない。
自身を器に見立てた複数の天霊を共存させる行為なのだ。
「……覚悟の差だよ、[斬滅]}
無論。
天霊一体でさえ自殺行為を超えた無茶であるのに。
そんな事を行って、体が無事なはずなど、なく。
「馬鹿野郎が……!!」
ダーテンの肉体に、数多の血管が浮かぶ。
それは筋肉によって押し上げられたのではない。
異様に躍動する血流により、皮膚下へ血管が浮き上がっているのだ。
いや、血管だけではない。
獣の双眼から白は消え失せ、ただ黒に等しい、紅色だけが。
「君が今を欲すのなら、人間を愛すのならーーー……、僕は、過去を、仲間だけを愛すよ}
メタルの眼前が影で覆われる。
それが拳の影であると気付くのに、刹那さえ要すことはない。
魔剣の柄が拳と顔面の隙間に滑り込む。然れど彼は確信していた。
受けきれない、と。
「オ、おォ」
メタルの両脚が大地へと喰い込んだ。
瓦礫が爆ぜるように抉れ、彼の脚を水面へ沈むが如く受け入れる。
だが、水面は、刹那にして水面たり得る姿を失った。
刻まれる双閃が、地平線の果てまで刻まれる衝撃が。
ただの一撃によって、爆ぜ飛ぶ全てが。
「オォォオオァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッ!!!」
景色が消し飛んでいく。違う、自身が消し飛んでいる。
拳撃? 拳撃だと? この一撃が、拳によって放たれた物だと?
大地に沈めたはずの両脚に感覚がない。いや、未だ轟々と炸裂する瓦礫が、自身の勢いを殺しているはずだと物語っている。
ならば何故止まらない。ならば何故受けきれない。
高が拳撃一発を、どうして、これ程までもーーー……。
「……あぁ、忘れてたぜ」
成る程。
永らく平穏の中で鈍ったか? それとも、安堵したのか?
漸く死ぬのだろう、と。四天災者[斬滅]が死んだのだろうと勘違いしたのか?
違う、そうではない。そうでは、ないはずだ。
「ーーー……ッ!!」
彼の全身、延いては背後から頭蓋までを凄まじい衝撃が貫通する。
どうやら崖に当たったらしい。それが何処なのか、あの場所からどれだけ吹っ飛ばされたのかは解らないが。
少なくとも今、自身の両端から雪崩のように迫る岩々を避けた方が良いのは間違いないだろう。
「駄目だよ}
メタルの顔面が掌握され。
「まずは、君に寝て貰わないといけない}
全身が、脱力する。
「テ……メェ…………、[天虚]……エンプレテス……の魔……法を……!!」
「うん、君の力を嘘にしたよ。そうでもしないと、勝てないからね}
顔面が、大地へ叩き込まれる。
幾多の崩落の中で、大地の芯、業炎の濁流の果てまでも。
ただ、天霊の力によって加撃された豪腕によって。
「君は強いよ。きっと普通に戦えば僕では勝てないだろう}
けれど今だけは、この時だけは勝たせて貰う。
そう言い残し、彼はメタルを突き飛ばした。
星の中枢ーーー……、万物を灼き殺す濁流の中へと。
「……じゃあね}
瓦礫を跳ね上げるように、彼は大地へと戻る。
飛び出てきた穴の上には巨大な岩盤が幾多と崩れ込み、蓋となった。
一瞬。何処か儚ささえある、決着。
だけれどそれで良い。これは一瞬の決着ではない。
永き時を超えたーーー……、四天災者としての、決着なのだから。
「言っただろ」
四天災者として、決着は終えた。
思い返す。嘗て、自分達には名前などなかった事を。
思い出す。嘗ても今も、自分達は全てを出し切ることを赦されないと。
そうだ、嗚呼、そうなのだ。
自分達は表す名もない、存在だったではないか。
「俺にとっちゃ、未来も現在も過去もーーー……、今なんだよ」
業炎の濁流を背に、彼は歩む。
魔剣の煌めきは全てを斬裂させ、万物を灼く濁流さえも斬り伏せて。
ただ、歩む。
「……それでこそ僕達なんだろうね、[斬滅]}
「あぁ、そうだぜ。……[断罪]」
読んでいただきありがとうございました




