釣りなる策略
時は遡る。
オロチ達が荒野でシャークの策略に嵌まっている時から。
スズカゼ達がメイアウス達と合流した時まで。
弱者の叛逆が未だ動き出していなかった、その時までに。
「しゃ、シャーク国王の策略?」
クロセールの問いに対し、メイアウスは一度長髪を払ってみせる。
彼女の美貌と恐ろしいまでの冷静さに息を呑みながらも、彼は続く言葉に耳を澄ます。
自分達が進むべき道の先を、聞くために。
「簡単な話よ。釣りね」
「つ、釣り?」
「まず、理由は解らないけれど彼等は無秩序に人間を滅ぼそうとしない。それこそ対国戦争のようにね」
圧倒的な力を持つ大国が小国を攻める時、どうするか。
時と場合こそによるが、基本的に蹂躙は決してしない。
何故なら大国からすればそれは資源の宝庫に等しいからだ。
大した力を労せず得られる資源ともなれば、自身の威圧だけで得られる資源ともなれば。
潰す理由などあるはずもなく。
「だから見せしめとして、直接的な兵力殲滅としてシャガル王国の侵攻ともなれば必ず迎え撃つでしょう」
「それは確かにそうでしょう。しかし、言っては何ですが、シャガル王国の戦力は兵数は兎も角として、戦闘力であればここに居る面々よりも劣ってしまうのでは?」
「えぇ、連中と対峙したシャガル王国の兵達は数刻と持たないでしょう」
だったら、と反抗するように叫ぶスズカゼ。
だが、それを抑えるようにメタルは軽快な笑いを述べながら手を揺らして見せる。
明らかに空気が読めてないのはいつも通りだが、流石に今まで素性を隠していた事もあり、皆の睨みが彼を刺す。
「な、何だよぉ」
「……斬滅、ねぇ。これが?」
「これ言うなし! 言うなし!!」
「メタルを責めないで良いわよ、スズカゼ・クレハ。罵ったり貶したりするのは構わないけど」
「メイアウスさぁん!?」
言葉通り、そして文字通りメタルを足蹴にするスズカゼと、それを他所に説明を始めるメイアウス。
四天災者を嬲り蹴るなど、クロセール達やレンからすれば天地がひっくり返って星々が踊り出すほど有り得ないことだ。
ただ唖然とするばかりの彼等と、その隙にオクスの胸を揉み続けるイトー。
良くも悪くもいつも通りな彼等の間を通り抜けていくのは、メイアウスの言葉。
「メタルは最終的な切り札の一つにするつもりだったの。その為に素性を隠させたのよ。余り隠れてなかったけどね」
「照れる」
「埋めて良いわよ、スズカゼ」
「よっしゃ任せてください」
「待って待って待って待って待って!」
まぁ、兎も角、と取り直しながら。
彼女はシャークの釣りという、策略の話を続けていく。
「さて、そんな訳で連中からすればシャガル王国の侵攻というのは絶好の餌になるのよ。間違いなく食い付くわ」
「し、しかしメイアウス女王! 先程も申しましたが、戦力は……!」
「だったら戦わなければ良いじゃない」
思わず、クロセールはその場で停止する。
それこそ固まったかのように、凍り付いたかのようにだ。
「そのまま消せば良いのよ、兵達をね」
「そ、それはどのように? まさか大規模魔法で姿を消す、と?」
「そうしても良いけれど、そんな無駄手間は踏まないわ」
彼女が述べたシャークの作戦は以下の通りである。
まず、相手に完全に信じるための疑似餌として兵は本当に侵攻させる。
相手はそのまま南から北まで侵攻すると考えるだろう。
だが、そうではない。兵達には途中で進路を変更させ、別の方向へ向かわせるのだ。
「確かにそれならば引き返すよりも時間が掛からない……。で、ですが、大国とギルド残党の連合を隠すだけの場所があるのですか? 荒野や草原に隠したとしても露見するのは時間の問題では?」
「えぇ、だから国に隠すわ」
「く、国……?」
サウズ王国か? いや、そんな物は本末転倒だ。
ギルド跡地にせよ、既に滅んだあの場所では意味がないし、進路方向にある時点で論外だ。
だとすればいったい何処に? その辺りの国にでも攻め入るつもりか? いや、そんな騒ぎを起こせば少なからず目星を付けられる原因にーーー……。
「有志の中国と小国があってね。そして私達は、私とメタルは餌の奥に隠れる針として彼等を迎え撃つ。もし[断罪]、ダーテンが来ても相性を加味した上で充分に戦えるでしょう」
「……成る程、計画に関しては了解しました。では、我々はサウズ王国に?」
「そうね。私達もスノウフの軍隊を撹乱し次第、合流するわ」
理に適っている。
そして何処までも、恐ろしい。
大国の軍隊だぞ? しかも戦力から考えれば現状、世界最強だ。
それをたった二人で相手取るというのは端から見れば自殺行為に他ならない。
だと言うのに彼等は、まるで隣の部屋へ忘れ物を取りに行くかのように、軽々しく言ってのける。
四天災者ーーー……、天災なる者達。
何が天災だ。台風や地震と同じ程度なら、恐れるほどでもないと思えるではないか。
「言うことは以上だけれど、何か質問は?」
「いえ……、特には。スズカゼ・クレハ、貴様は何か」
ふと振り返った彼の目に映るのはだらんと垂れた二本の脚を引っ張るオクスとフー。
そして、その脚さえも埋めようと奮闘するスズカゼとイトーだった。
「……いや、動かなくなったんで、もう埋めようかなって」
「証拠隠滅は後にしろ……」
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