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獣人の姫  作者: MTL2
我道を行く者達
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弱者の叛逆


【荒野】


「……ふむ、悪くはない」


荒野から浮き出した、白銀の大軍。

見渡す限り続くそれ等は剣や槍、盾を装備しており、困惑の中に確かな殺意を持っている。

練度が高いとは言えないだろう。

それでも、充分に数の暴力たり得る存在なはずだ。

尤もーーー……、裏を返せば数が無ければ意味もないような有象無象だと言うことだが。


「よく動かしたのう、ダーテン」


「……今の僕は指揮していませんよ」


両腕を組むオロチの隣に立つのは、一人の獣人。

四天災者にして聖堂騎士団の長たる者。

否、今は四天災者にして聖堂騎士団の長だった者、と言うべきか。


「それでも構わぬさ。保持者メンテナマン、シャガル王国軍との大体の距離は解るか」


「ま、待ってね。今、今、調べるから。ぁはっ」


顔面を包帯で覆い隠し、焼き裂けた口端から涎を流す、女の獣人。

嘗て聖死の司書スレイデス・ライブリアンに属すも、未だ人間(・・)であったメタルに破れ、全身を猛火に喰らわれた女。

そして、聖死の司書スレイデス・ライブリアン最古参にも関わらず、イトーが信頼し仲間としたにも関わらず、司書長ライブラーが家族と愛していたにも関わらず、裏切り続けてきた、女。


「けひっ、計、計算からすれば、あ、あと数刻もすればっ、遭遇す、する」


「ふむ、この戦力であれば構うべくもない」


保持者メンテナマンは戦力たり得ないが、自身と四天災者[断罪]が居れば大体の相手は殲滅できる。

無論、取りこぼしさえ背後の軍隊が居る。幾千幾多の兵力が、有象無象の羽虫が喘ごうと、何ら問題は、ない。


「……今の内に言っておこうか、四天災者[断罪]」


進む、先。

地平線を眺めながら、男は小さな石礫を踏み潰す。

暫し、だ。幾分かの変化はあり、幾分かの差違はあった。

然れど漸く叶う。眼前の先にある軍隊さえ討滅し、南国さえ蹂躙すれば。

暫し待ち詫びた、世界の統一が、目の前にある。


「容赦はするな。貴様が望む死者の蘇生はその程度で超えられるものだと、思うな」


「……解っているよ。その為ならば何でも乗り越え、何でも踏み潰し、何でも切り捨てると決めているから」


「ならば良い。貴様には暫し他を蹂躙するだけの暴嵐となって貰う。四天災者[魔創]及び[斬滅]に関しては[傲慢]と[強欲]に任せておる故にな」


即ち、彼は同等のそれ等と戦うのではなく、羽虫を確実に全て払い除ける舞台装置と化させる。

四天災者[断罪]だ。格下と戦わせれば負けるはずもなし。

無駄な連中ばかりが集まる[獣人の姫]共に対すれば、最大の兵器と成り得るはずだ。


「そろ、そろそろ、遭遇す、する」


「うむ、準備せよ」


オロチの号令と共に、幾千の兵士が武器を構え、隊列を整え直す。

まずはこの戦場を蹂躙する。幾千幾多の羽虫共を蹴散らし、世界統一の幕開けとする。

万が一にスズカゼ共がここに駆け付けようと遅い。いや、間に合ったとしても意味はない。

暴嵐は全てを無秩序に破壊する。彼女が護ろうとする、全てを。

連中も自身達の激突による周囲への被害は理解しているはずだ。となれば、逆に護るべき物が枷となるだろう。


「さぁ、終おうか。この忌まわしき人間共に支配された、世界よーーー……!」


剛脚が、大地を踏み躙る。

地平線。幾多の羽虫共が飛び交うその場所へ。

全て蹂躙しよう、全て惨殺しよう、全て殲滅しよう。

人間共が支配する世界は終わった。有象無象共が蔓延る世界は終わった。

さぁ、絶対的な、圧倒的な力で全てを終わらせよう。幕引きの綱は今、引き抜かれーーー……。


「…………は?」


オロチの眼に映ったのは荒野だった。

依然として、荒野。兵一人、足跡一つさえない、荒野。


「メ、保持者メンテナマン、どうなっておる」


「わか、解らな、い! だって、けい、計算上はこ、ここで!?」


方向を転換した? いや、有り得ない。この場で隊列を変更するなど自滅に近い。

撤退した? いや、それはもっと有り得ない。シャガル王国が逃げ帰る理由など、あるはずがない。

だとすれば何だ? 何故、何故居ない? この状況で、何故、どうやってーーー……。


「俺はよォ、化け物共」


その男は、玉座に座しながら呟いた。

南国にて、幾度となく踏みにじられた玉座の上で。

それでもなお縋り付き、護ってきた玉座の上で。

父が託し、家族が護り、友と支えてきた、玉座ので。


「メイアウスのような力はねェし、フェベッツェのような人徳もねェし。……バボックのような戦略もねェ」


男は果てしなく無力だった。

力はない、知略もない、人材も無ければ、自身で創り上げた土台もない。

全てが与えられ、全てに流され、全てを受け入れるだけの王だった。


「だけどよ」


然れど。

彼が持ち得る、如何なる王にも勝る物が一つだけある。

如何なる王をも持ち得るはずなどない物が、一つだけある。


「尻尾巻いて逃げると思ったら、大間違いだ」


刹那、オロチの眼前に爆煙が舞う。

大軍を覆い隠し、或いは吹き飛ばさんがばかりの衝撃。

その一瞬で大軍は響めき返り、砂塵が晴れる頃には誰もが眼前を注視せざるを得なかった。

眼前の荒野に降り立ったその二人を、注視せざるを、得なかった。


「……やってくれおったな、シャーク国王」


忌々しく、憤怒に口端を歪めながら。

焦燥と切迫に眼を見開き、オロチは言葉を喰い殺す。


「羽虫めがッ…………!!」


荒野の最中にて彼は剣を抜き、彼女は魔力を収束する。

弱者は武器を取る。数少ない刃を最大限に生かす為に。

その為ならば策略謀略計略、何でもかんでも張り巡らせよう。


「さぁて、シャークの作戦は上手く行くと思うか? メイアウス」


「行かせるのが私達の役目よ、メタル」


「ンだな。……じゃ、取り敢えず」


始まるのではない。始まっているのだ。

弱者のーーー……、叛逆は。


「あの馬鹿シロクマ、叩きのめすか」


「えぇ……、そうしましょう」



読んでいただきありがとうございました

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