表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
我道を行く者達
727/876

狭間にあるのは

「さぁ、行きましょうか。グラーシャ君」


衣服の汚れを軽く払いながら、彼はそう述べた。

その足下に転がる少女になど目もくれずに。

或いは、その腕を伝う鮮血になど、目もくれずに。


「……殺さないんですか? その子は」


「一時期は我が子として、部下として成長を見守っていた子だ。殺すなどと冷血なことは出来ないよ」


冷血?

思わず問うてしまいそうな、或いはそうするはずも無いけれど、鼻で笑ってしまいそうにさえ、なる。

冷たい以前に、貴方に血があるのですか。

そう問えないのは自分の性格故だろう。不甲斐ない故だろう。

けれど、何故かーーー……、問うてはいけない、と。そう思えた。


「もう少し歩けばサウズ王国に着くからね。空間転移は使えないそこそこ歩くけど、大丈夫かな?」


「……その前に、聞きたい。貴方はどうして彼女がここに来ることを?」


多分、通じる物があったという事は解る。

彼にとってこの子はきっと言葉以上の存在なのだろうと思う。

組織からの信頼を回復するためにという前提で来ているのに、殺さないのが何よりの証拠だ。


「うん、ファナにも言っていたけれどね。私と彼女は似ているんだよ。弱さや、脆さとかがね。だから私はその差を教えるのと、警告を述べるために来た。そして彼女はそれを聞くために来た」


「……そうなんです、か」


「あぁ、そうだとも。強いて付け足すならーーー……」


鮮血伝う腕に純白の包帯を巻き付けながら、彼は歩き出す。

その表情は依然変わらずして硝子細工に等しき笑顔だった。

仮面のようなではなく、仮面の、笑顔だった。


「このままで居るのなら、もう関わるべきじゃない。……かな?」


この言葉は自分に向けられた物ではない。

グラーシャはそう解すと共に、彼の足下を見る。

少女は体こそ動いていない。しかし、意識はあるはずだ。

いや、彼がそうしたのだろう。全身を動かせるだけの血を抜かせ、意識を保たせるだけ、保たせたのだ。

何と惨い。殺すよりも余程、惨い。


「君の父親も恐らく既にサウズ王国へ合流しているだろう。問題はデモン達を退けたニルヴァー・ベルグーンな訳だけれど……」


「いえ、ニルヴァー・ベルグーンは問題じゃないです。真正面から戦うような型じゃない、僕には」


僅かに、彼の周囲が揺らぐ。

それは覚悟の眼差しか、或いは憤怒か。


「……あぁ、[憤怒]」


ふと、バルドはそう呟いた。

所詮は模擬的な立場だ。余り物でも付けられたのかと思っていたが。

成る程、道理で自分に[嫉妬]、彼に[憤怒]と名付けられる訳だ。

随分と皮肉の効いた、話ではないか。


「嫌いじゃ、ありませんがね……」


バルドは再び歩き出す。

足下に転がる少女に視線などくれてやるはずもなく。

ただ、心の底に憤怒を抱えた、男と共に。


「…………!」


故に、気付けなかったのだろう。

或いは彼が強者であるのならば、気付けたのかも知れない。

いや、彼が四年という成長を加味できる人間であれば、気付けたかも知れない。

例えその少女が地に伏そうと諦めに沈まない、強固な意志を持っていた事を。


「かっ……!」


バルドの脇腹が、皮肉にもファナと同じ場所が白炎に貫かれる。

最早四肢どころか指先さえ動かせなかったはずの少女が、放ったのだ。

その一撃を、執念の元に、撃ち放ったのである。


「は、ははは……! 貫き通すものはあったという事かな……!!」


蹌踉めきながら、彼は傷口を押さえ込んだ。

臓腑が抉られている。骨々さえ、焼き喰われている。

先程までの迷いはないーーー……、本気で、殺す為の一撃だ。


「これでこそ、来た甲斐があるというもの……!」


彼は槍を召喚すると共に踵を返し、踏み込みを行う、が。

直後、彼の両腕は白炎の砲撃により消し飛んだ。

追随するが如く片足、右胸、頭蓋骨。倒れる間もなく、全身が。


「ぁ、がっ……!」


残された、片目だけが。

その姿を、見る。

地に伏しながら、片手を伸ばす、姿だけが。


「……漸く、かな」


彼の脳髄から首根までが、吹き飛んだ。

肉体全てが、白き炎の牙に喰い尽くされた。

バルド・ローゼフォン。その男は仮面を被ったまま、刹那にして死したのだ。


黄昏の劫刻(ウェイス・フォルナ)


バルドは再び歩き出す。

足下に転がる少女に視線などくれてやるはずもなく。

ただ、心の底に静寂を抱えた、男と共に。


「…………!」


直後、グラーシャは踵を軸に回転し、バルドを蹴り飛ばした。

彼が驚く間もなくしてその軌跡を白き炎が喰らう。

砲撃を放った少女は、突き飛ばされた男よりも驚愕に眼を見開いていた。

何故だ。確実に、隙を突いた。頭の後ろに眼でも付いてなければ避けられるはずなど、ないのに。


「……助かったよ、グラーシャ君」


バルドは蹌踉めきながら立ち上がる。

どうやら彼自身も少なからず体力を消耗しているらしい。

このまま背を向けて、砲撃を避けながら歩く道化を演じるだけの余裕は、ないだろう。


「まぁ、仕方ないかな」


直後、ファナの四肢を白銀の刃が貫き、大地と縫い合わせる。

潰れるような苦痛の声が響き渡る隙間さえなく、彼女の自由は奪い去られた。

ただその憎悪に満ちた眼光だけを残し、全てを奪われたのだ。


「……手間を掛けましたね。行きましょう、グラーシャ君」


その背を睨むのは双眼。

憎悪に満ちた、眼。ただ睨むしか出来ない、無力な、弱者の眼。


「成すべき事は、成しましたから」



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ