表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
我道を行く者達
724/876

傍観者に神は問う


「……デュー・ラハンの行動を無駄にする理由はない、と。そういう事ですかね」


何もない、無の空間。

然れど果て無き地平線まで広がる世界と、空。

彼、ハリストスはその世界に唯一、いや、唯二あるであろう人工物に腰掛けていた。

木で作られた、ただの椅子。酷く脆そうで、然れど彼の小さな体躯ならば充分に支えられるであろう椅子。


{だろうな}


その少年と対峙するのは一つの高机に置かれた酒を嗜む、神。

彼の者は全能者とは視線を合わせずに地平線の果てを見ていた。

いや、地平線の果てを見ているのではない。

彼は謳歌しているのだ。酒の味でも、世界の色でもなく。

ただ、人の生き様を。


「はは、妬いてしまいますね。今は彼女達にご執心ですか?」


{素晴らしいではないか……。我やオロチ達の目的を阻止する為に、或いは私怨のためだけに剣を振るう者、全てを捨てた器の失敗作とそれに従う抑止力達……}


「貴方の言う輝きに溢れていますか、彼等は」


{あぁ、嘗ての奴等以来……、いや、もう一人居たな}


その青年を思い出す度に、指先が震える。

我が器になったこの男もあの青年を知っているのか、と。

下らない戯れ言を思い浮かべては、それを酒で押し流す。

いいやーーー……、流れる言葉に酒を乗せた、と言うべきか。


「いやぁ、本当に嫉妬してしまいますね。貴方の瞳に映るのはいつだって挑戦者で、いつだって生きる者だ」


{必然だろう。だから貴様は映らない、ハリストス。我が友人よ}


それは、と。

一度そう口を開き掛けて、彼は噤む。

然れど今一度彼は口端を緩め、苦笑するように問うた。


「それはーーー……、私が彼等に放った皇王の全芒(トランス・メイト)を加減するような人間だから、ですか?」


{いいや、友人を常に見詰める者も居らぬという事だ。無論、理由はそれだけではないがな}


からん、と。

杯の中の金色が、波紋に揺れる。

ハリストスは知っていた。その音が鳴ることを。

然れど知らなかった。その波紋の形を。


{ハリストス・イコン、我が友よ。貴様は全能であるが、全属性を掌握する者であるが、全知ではない。貴様は神に到りし人間であるが、神ではない}


何が言いたいのか、と。

彼は、自身がそう問うてもツキガミが何と言うか理解している。

故に質問は無駄だと解るし、意味がないという事も理解出来る。

理解、出来てしまう。


{問うたはずだ。貴様は何故、己で有終の美を持たぬのか、と。何故、貴様自身で有終の美を創り出さないのか、と}


必然だった。

ハリストス・イコンはその力を持っている。

オロチ達が精霊の楽園を望むが故にツキガミへ縋り自身達も戦うように。

デモンが闘争を望む故に幾多の戦場を駆け抜けるように。

ユキバが知欲のために全てを知ろうと行動するように。

彼は、自身が有終の美を起こすだけの力を持っている。そうするだけの資格がある。

然れど彼は、行わない。自身の手で有終の美を起こそうとしない。

あくまで間接的に。あくまで事象と背中合わせにしか、それを見ようとしない。


{差、とでも言おうか……。実行者と観察者の間には大きな隔たりがある。そして貴様と我の間にある壁も、それだ}


「物語の執筆者と読者の違いでも語るつもりですか?」


{そこに差はない。あるのは過程という、到るまでの道のりだけだ。誰も彼もが求める物は変わらない}


「夢、とでも?」


{夢、だとも。我も貴様も、天霊達もあの小娘達も、誰も彼もがーーー……、夢を、己の欲望を、己の望む物を求めている}


貴様は彼等がそこに到った時、何処に居るのだ、と。

神の問いに対し、傍観者は静かに瞼を閉じる。

知っていた、だからこそ知らなかった。

傍観者はあくまで傍から観る者(・・・・・・)だ。そこに居る者ではない。

戦いに挑む者では、ない。

そして挑んでも居ない者に、到る資格などあるはずもなくーーー……。


{我や貴様からすれば、人間の生涯など一瞬だ。剣を振れば終わり、背を向ければ骸となっている。その程度だ}


だがそれ故に。

ツキガミは金色に輝く杯を空へと掲げる。

金酒を通して見える世界は、泡沫が如く、美しい。


{彼等は刹那の為に生きる}


ならば貴様は何に生きる、と。

神は問い、全能者は押し黙る。

然れどそこに焦燥や憤怒、或いは悲嘆はない。

あるのはただ、一種の感動と、一種の願望。


「私は何処までも、私の為に。最期の美の為に」


一種の感動は覚悟であり。

一種の願望は確認である。

全能者は、幾億という時の中に産まれ、育ち、生き、歩み、到った存在だ。

到れるはずなどなく、然れど到ってしまった存在だ。

故に彼は思う。故に彼は述べる。

何処までも傍観者である自分はそう在るべきなのだろう、と。

例え栄光の果てに祝杯を挙げる者達が居たとしても、自分はそれを眺める物でしかないのだろう、と。

それでも構わない。自分は、そう在るべきなのだから。


「私は例え幾度問われようと、幾千の刃をこの身に受けようとそう述べるでしょう。私とはそういう人間だ。そういう存在だ」


{揺らがぬ覚悟、か。それもまた生き様か}


「矛盾を抱えるのは何も彼女だけではない、という事ですよ」


神は杯を傍観者へと手渡した。

金色に波打つ酒が、杯の中で渦を描く。

その渦中を眺めながら、彼は、静かにそれを飲み干した。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ