指揮杖は振るわれ始めて
「スズカゼ・クレっ」
次元の亀裂から現れたスズカゼに駆け寄ったオクス。
の、胸に全力で抱き付き揉みし抱く変態一名。
の、尻を舐め回そうと抱き付く変態一名。
を、割と真顔で流す常人四名。
「助けろクロセぇええええええええええルうううううううううう!!!」
「調子が戻ったようで何よりだ、スズカゼ。……だがオクスからは離れろ」
「すいません、気が抜けたら乳を揉めという天の声が……」
と言いつつ未だ乳を揉む変態と尻を頬擦りし回す変態。
そんな二人に呆れつつ、クロセールは眼前に向き直して。
居るはずのない、と言うか居てはいけない二人と視線を合わせてしまう。
「………………[魔創]?」
「[斬滅]も居るぜ!」
「確かギルドの三武陣とかいうパーティのメンバーだったわね。どうしてこんな所に居るのかしら?」
「い、いや、それはこちらが……」
「メタルさぁあああああーーーーーーっっっン!!」
「おっ、レンじゃん。生きてたかー」
次第に混沌とかして来た雰囲気の中、意外にもそれを落ち着けたのはフーだった。
各員を落ち着けようと手を伸ばした瞬間にげぼぇっと見事な吐血を見せたのである。
それを切っ掛けに皆が慌て周り、気付けば各自もオクスやクロセールもかなりの重傷を負っている。
取り敢えずスズカゼがイトーに治療を頼み、メタルが深淵の腕輪から様々な物を放り投げながら。
一度、場は落ち着いたのであった。
「……で、今の内に聞いておきたいんですけど」
イトーが治療という名目でオクスの乳を揉みし抱いている頃。
それを遠目に、スズカゼは豪華な椅子に腰掛け、紅茶を嗜むメイアウスに問うていた。
こんな場所でも優雅さと言うか豪華さを失わない辺り流石だが、やはり問わねばならぬ事がある。
「……あの、メイアウス女王」
「何? スズカゼ・クレハ」
「メイアウス女王はいつから、何処まで知っていたんですか?」
今までの事が計画通りと言うのなら。
誰よりも国を愛していた彼女は、それすらも犠牲にした事になる。
無論、その中の皆さえもーーー……、犠牲にした事に、なるのだ。
「初めから、よ。尤も、貴方を利用しただとか……、細部までは知らなかったけれど」
「サウズ王国を犠牲にする事に、ついては?」
「想定の範囲内ね」
スズカゼの眉根が、歪む。
彼女の愛国心でさえも、偽物か。
いいや、本物なのだ。彼女はずっとツキガミを殺す為に、イトーと手を組んでーーー……。
「……そう言えば何でイトーさんと手を組んでたんです?」
「私達が利用されるのが気に食わないからよ」
「利用、ですか」
「これはイトーの仮定だけれど」
自分達は世界に生み出されたのではないか、と。
抑止力として、この世界に生み出されたのではないか。
戦争という星を蝕む行為の果てに、人類への抑止力としてーーー……。
「……あの、でも実際のトコ四天災者が一番の自然破壊の原因じゃ」
「そうね。だって私達は私達だもの。星の下僕じゃない」
だから星は新たな抑止力を生み出した。
戦争への、ではなく。人類への抑止力。
天霊の降臨という形で、人類を抑止しようとしたのだ。
「……要するに星は天霊を生み出して抑止しようとしたけど、その天霊はまた身勝手にツキガミを復活させようとした、って事ですかね」
「でしょうね。けれど身勝手とは言え、結果的には星の為になるから失敗とも言えないんじゃないかしら」
まぁ、そんな事はどうでも良いのだけれどと区切って、彼女は僅かに器を揺らす。
紅茶の湯気が風に攫われて、抉り返った岩盤の最中へ消えていった。
微かな香りを、スズカゼの鼻先に残して。
「色々な差違はあったあけれど、結局私達はツキガミを殺す事を目的にしているわ。イトーが異世界から召喚された私怨で動こうと、私が私である為に居ようともね」
「……まぁ、私も似たような物です。異世界から召か」
ふと、止まる。
待て、何かおかしい。
何か違和感がある。と言うか、違和感というか。
「え? いせか、え? ちょ、あな、え?」
「当然知ってるわよ。だってイトーから全部聞いてるもの」
今までなぁなぁで隠していた物はいったい何だったのか。
いや、時にはとんでもない言い訳で隠した事さえあったというのに。
実際、彼女には全てバレていたというのか。何もかも、意味もなく。
「うわぁ、泣きてぇ」
「そういう意味でも私達は一度サウズ王国に行かなければならないわ。貴方の為にも、私の為にもね」
困惑する彼女を前にしても、未だメイアは優雅に紅茶を嗜んでいた。
だが、スズカゼは暫し後にある事を思い出し、全身を震わせるように飛び上がった。
忘れていた。ツキガミやハリストスの襲来があって、メイアウスやメタル、イトーの救援があってすっかり忘れていた。
「シャガル王国がっ……!!」
今、シャガル王国はギルド残党と手を結んでスノウフ国へ戦争を仕掛けている。
このままでは、いや、確実に彼等は惨殺される。
あの化け物共を、神を前にして彼等が抗えるはずなどないのだ。
「シャークは馬鹿じゃないわ」
芳醇な薫りは、風に攫われて蒼快の空へ消えていく。
ただ絶世の美貌が浮かべる微笑の元に。
動き出す、世界の空へ。
「始めましょう? スズカゼ・クレハ」
何人も神は殺せない。
全能者も、天霊達も、狂者達も、殺せない。
然れど歩む。弱者は、その脆い二本の脚で、その先へ。
「幾千の刃で奏でる、協奏曲を」
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