世界を喰らう者達
 
人間を愛している。
故に、己の力の権化であるその剣を封じ、人々に融け込んだ。
ただ皆が笑っていてくれる事が幸せで、皆が一緒に楽しめるならそれで良い。
だから争いだとか戦いだとかそんな物に興味はないし、参加しようとも思わない。
しかし、しかしだ。
人間の生き様を、在るべくして在る魂の美しさを。
自分達を殺せる者達をーーー……。踏みにじることなど、赦せない。
{ッ……!!}
巨漢の豪腕が幾千の連撃を刻む。
然れど一撃としてそれが通ることはない。例え鋼鉄をも砕き割る拳であろうとも。
その男が水飛沫でも弾くような、ただ柄を翻すだけの防御を破れない。
{何だ、この男は……!!}
四天災者[魔創]ことメイアウスは言った。
斬滅という男に会えば終わりだ、と。
それは何ら湾曲した意味を持たない言葉であった。
敵対すれば終わりだ。戦えば終わりだ。
ただ、純粋にそれだけを意味する。
彼が人間という存在を見限り、本性を現すような事があれば終わりだと、そう意味する言葉であった、が。
奇跡的にも彼は今、人間を護るべき守護者として君臨している。
圧倒的な力を持って今、天霊と対峙しているのだ。
{その腕輪が鞘だったか……!!}
対するオロチは驚愕し続ける意識と共に、一つの仕掛けを理解した。
あの男が纏っていた腕輪は魔力量により万物を収納できるという、いや。
事象次元を歪めるという桁違いな能力が収納という効果まで低下していたのだ。
余りに圧倒的な剣を、封じていたが為に。
「聞こえなかったか?」
一歩引き下がり、剣を振った。
酷く乱雑な、姿勢や剣筋など無視した、雑な振り方。
ただ振り下ろすだけの、一撃。
{ぬォッーーー……!!}
剛脚が、引き摺られる。
幾ら踏ん張ろうと爪先から踵までが、まるで幾重の鎖に引き摺られるかのように。
それが剣撃による物だ、と。斬撃による真空への回帰現象なのだと気付くよりも以前に。
オロチは、それを知った。
{…………!!}
何だ、この男は。
ただ剣を構えているだけだ。いいや、構えとさえ言えない。
ただ振り下げた刃を肩筋に添えて、待ち構えているだけだ。
だと言うのに、確信できる。
刹那の後に、己の首根は跳ね飛んでいるのだろう、と。
「俺にはメイアみてぇな魔力もイーグみてぇな技術もダーテンみたいな耐久もねぇ。あるのは、ただ」
オロチの世界から。
全てが、消え失せる。
「この剣の、攻撃だけだ」
幾千幾重の岩地による防御結界及び回避体勢。
その一撃を真正面から受ける危険性を理論ではなく本能で理解した。
理解せざるを得なかったのだ。
必然、己の後方ーーー……、剣閃が描いたであろうその場に。
残った物など、何一つとしてないのだから。
{なッ……!}
天霊三体が全力で抗って漸く砕けた世界の壁。
それを、この男はただの一閃で斬り裂いたというのか。
いいや、違う。世界を斬り裂いたのは所詮剣圧でしかない。
己の立っていたその場所が奈落と化しているのを見れば、そう断言出来る。
「避けるなよ」
気付けば、その声は己の背より放たれていた。
眼前の、幾千幾重に展開された岩盤の向こうに居るはずの男は消え。
ただ純白の刃だけがーーー……、己の背より首根を狙う。
{渇きし大地のーーー……ッッ!!}
魔力の収束さえ、間に合わない。
振り返り、照準を定める事さえ赦されない。
閃光が世界を貫いた。大地を支配する者の臓腑を切り裂いて。
暇はない。その者にとって刹那や一瞬さえも、余りに遅い。
{人間の極地。我と同等の物を欲す忌々しき殺意の権化}
ツキガミはただそう零す。
オロチでさえ、否、今の己でさえ戦いにはならぬだろう。
あの男はそういう男だ。そういう、人間だ。
人間である事を捨てた、人間を愛す、何処までも人間な、化け物。
「レヴィアさん、オロチさんの回復と回収を。ヴォルグさんは私の援護をお願いします」
次元の裂け目から、するりとその男は現れる。
世界の壁一つ超えることさえ至難だというのに、彼からすれば部屋と部屋の敷居を跨ぐ程度の認識でしかないのだろう。
その、全能者からすれば。
{ハリストスよ、退くのか}
「流石にあの男相手は面倒ですよ、ツキガミ。……いえ」
次空の亀裂が、世界を喰らう。
「我々全員でも彼等には勝てない」
必然であった。
この神々に抗うがべく、幾年も計画を練り続けてきた者達が。
ただ堪え忍び、その力を蓄え続けてきた者達が。
「待たせたわね、メタル」
「別に待ってねぇけどな!」
舞い降りたのは黄金の、流水にすら等しい美貌を持つ女性。
次元という壁を魔力放出による一撃で容易く打ち破った、化け物。
四天災者[斬滅]と同等の四天災者ーーー……、[魔創]。
{馬鹿な、何故貴様までもが……!!}
肩先から刻まれた裂傷を大掌で抑え付けながら、オロチはさらに驚愕する。
この女は既に死んだはずだ。四年前の戦いで、四天災者[灼炎]ことイーグ・フェンリーに敗れたはずだ。
だと言うのに何故、この女が、生きている?
「貴方達には解らないでしょう」
オロチがそうであったように、ヴォルグもまた瞳を見開いた。
四年前、殺したはずの少女。自身等が計画の過程で製造した、失敗作。
永らくこの世から姿を消していたはずの、女。
{イトー・ヘキセ・ツバキ……!!}
嘗て[森の魔女]と呼ばれし少女。
彼女はスズカゼを回復の球体で覆うと共に、神と対峙した。
その双眸に決して揺らぎない覚悟を宿し、華奢な、然れど何物にも砕けぬ信念を持って。
「待ち続けた時は、今」
四天災者[斬滅]。
四天災者[魔創]。
そして幾人の友を失い、愛すべき者達を失い、培い続けてきた計画という刃。
待ち続けた。幾年も、幾年も、ただ、待ち続けたーーー……。
「来たれり……!!」
彼女達は叛逆を開始する。
世界にも及ばぬ小さな、たった三人が。
然れど世界さえも喰らう圧倒的にして絶対的な三人が。
今、動き出したのだ。
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