神々の剣閃
「は、はははっ、はははははは!!」
たった一人の称賛が降り注ぐ。
少年からは今までの冷淡な表情が消え去り、ただ醜いまでの嗤いがあった。
無理もないだろうーーー……。これこそが、これだけが、少年の望んだ美だったのだ。
少女の中にある、虚ろの矛盾の終焉。
有終の美こそが、待ち侘びた物だったのだから。
「漸く! 漸く目覚めた!!」
繭から羽を出す? 雛が殻を打ち破る? 少女が立って歩き出す?
そんな物ではない。そんな程度の物であるはずなどない。
これは降臨だ。神たり得ず神ならぬ女性が目覚め、刃を持った。
正しく神の誕生。人間の終焉にして矛盾の終焉にして彼女の終焉。
これこそが、全てに勝る美。
「さぁ、見せてください」
未だ眺めよう、瞳に刻もう。
スズカゼ・クレハという可能性を。
例え如何なる物にも止められない、真の存在を。
目覚めし、神の力をーーーー……!!
「…………」
彼女が構え、神が嗤う。
誰も居ない、何もない新緑の草原。
吹き抜ける風も、照らす太陽も、何もかもが。
彼女達の間には、存在しない。
{……来るが良い}
刹那。
ツキガミの槍上で弾ける紅蓮。
距離や射程など関係ない。最早、刃はそこに在った。
彼はその斬撃を打ち払い、衝撃を地に逃す。
幾多の大地が破裂し、吹き荒ぶ岩盤の雨の中でさえも。
未だ猛攻、止まることなく。
「まだ」
殺意は紅蓮の牙となり、神の衣を切り裂いていく。
否、その衣が焔に焼き尽くされることはない。
ただ焔を打ち払い、神の四肢を覆いて刃を薙返す。
子供の腕を阿保が如く、その万物を斬裂する刃を。
{威力があろうと当たらねば意味はないぞ}
神は、気付く。
己の腹部、双眸の前にある構えに。
華奢などとは呼べぬ、如何なる物よりも鋭き脚。
「まだと言ったはずです」
それはこの世界で降臨した神が初めて受けた一撃。
一人の女性が全力で放った、たった一発の蹴り。
然れどその脚撃に迷いはなく、揺らぎはない。
故に、破砕の一撃たり得るのだ。
{むゥ……!}
岩盤が砕け、抉り返った大地。
それを突き崩すように神は濁流の中へ埋もれていく。
太陽の光さえ見えぬほどの地中へ、全ての衝撃を殺しきれずに、埋もれていく。
{……中々、良い一撃だ}
神は起き上がりて頭上を眺める。
これが器であるならば文句はない。我が眷属達もまた、納得するだろう。
然れど確認出来たとて退きはしない。あの青年の言葉を未だ、確認出来て居ないのだから。
{さぁ、仕切り直しだ}
神は岩場に手を着き、地中の大穴から跳ね上がるように大地へ戻っていく。
はずだった。
「天陰・地陽」
言うまでもなく。
彼女に容赦などという生温い言葉が存在しない。
例えそれが神だろうが絶対的な存在だろうが。
最早、今の彼女が立ち止まる理由にはならない。
「沈んでろ」
魔剣より放たれる膨大な魔力の一撃。
収束も、凝固も、狙撃もしない。
ただ暴嵐が如き、全てを抉り殺す一撃。
{……無謀は変わらず、か}
ツキガミは迫り来る一撃を。
いいや、最早暴嵐さえも凌駕する現象を前に。
槍を、構えた。
{矛盾せし始祖の法則}
世界を白く塗り潰す現象。
それは神の一閃によって刹那の狭間へと消え失せる。
元より存在さえしていなかったかのように、一瞬で。
{赦せ。この一撃は星さえも滅しかねないのでな}
ツキガミはそう述べつつも、僅かに眉根を寄せ、誤算だなと呟いた。
思えばこの肉体は器の知己のものだ。それも決して浅からぬ間柄だったという。
先の苦し紛れのような一撃ならばともかく、今のようにまともな一撃を消しては直接手を下させる他ないではないか。
然れども、彼女が知己の肉を持つ己を斬ることに躊躇うのは必然。
このままでは闘争など以ての外ではーーー……。
「生憎と」
確かに誤算だった。
尤も、それはスズカゼの甘さなどではなく。
躊躇の無さにこそ、あったのだが。
「その顔面を殴ることに抵抗なんざありゃァしねーんで」
ツキガミの眼が、天を映す。
顎が跳ね上がると共に殴られたのだと認識するのは必然。
然れどその直後、己の身を焼き尽くす魔力の業焔が放たれることは、流石に予想出来なかっただろう。
これならば問題ないだろう、と。
彼女が一切の躊躇無くそれを放つことはーーー……、予想出来なかっただろう。
{……また、面倒な小娘を呼び起こしてしまったようだ}
空が、割れた。
天上突き抜け、星の果て到りて。
全力全開の一撃は違うことなくして、漆黒を斬り裂いた。
いや、或いはーーー……、数多の星々が浮かぶ海を斬り裂いた、と例うべきか。
{だが、それでこそーーー……!}
業焔が吐き出す息吹が如き白煙の最中、神は大地へと天槍を向ける。
剣閃を放てば多少なりと大地も変わろうが、あの小娘相手にそんな甘え事を言うつもりはない。
魂への礼節にして祝杯。己の成すべき事を成す。生と死を創り出したからこその、義務。
{……フッ}
思わず、笑みが零れた。
嗚呼、そうか。嗚呼、そうだ。
こういう小娘なのだな、と。ならばそれもまた良し、と。
生き様を見せろと宣ったのは己だ。ならば否定する由は無い。
故に、思うがままに、あれかし。
{祝杯ではなく祝砲が好みか?}
「えぇ、派手好きな物で」
天陰・地陽が魔力を収束せぬ一撃であるのならば。
神と昇華した彼女の持つ、超越的な魔力。
それらを一点に集中し、放てばどうなるのか。
答えは単純明快だ。
「神煌・真影」
純銀の槍を斬り伏せて、純白の衣を斬り裂いて。
鳴動する世界が、震鳴する世界が、響鳴する世界が。
世を照らす陽光にーーー……、斬閃を、刻む。
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