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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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傍観者たり得る者


一種の諦観だった。


「ここは、私が相手します」


魔剣を構え、彼女は彼等と対峙する。

勝てないことは知っている。いいや、傷一つ付けられない事さえ。

解っている。解っていても、止まれない。

止まれるはずなど、ない。


「皆さんは逃げてください」


守護ではない。

自己犠牲ですら、ない。


「そんな事をッ……!!」


反論したのは、オクスだけだった。

いや、彼女自身でさえ、理解している。

眼前の者達が如何なる存在であるのかを。挑めば、指先一つで命を絶たれるのだろう、と。

この場でまともに戦えるのがスズカゼ・クレハーーー……、彼女だけなのだろう、と。


「……オクス、解るだろう。デュー・ラハンの時とは訳が違う。我々だからだとか、我々こそではない。足手纏いですら、ないのだ」


「だが、ここで彼女を見捨てるという事は!!」


「自惚れるな。見捨てるのではない。死に絶えるのは、我々だ」


白銀の義手が、軋む。

口端を食い縛り、獣らしい牙が唇に紅色を伝わせる。

こんな物か。こんな物でしか、ないのか。

自分の覚悟も、決意も。絶対的な力を前には、何の意味も成さないと言うのか。


「そんな事はありませんよ」


パチン。

弾けるように音が零れ落ち、彼等の世界は一変した。

脚を撫でていた草々は纏わり付く砂に。

頬を撫でる柔風は鼻先を突く潮風に。

草原から、砂浜へ。瞬間移動等と言う次元ではない、紛れもない空間転移(・・・・)


「貴様ッ……!!」


「そう構えないでください。私は貴方達をどうこうするつもりはない」


ハリストスは優し気に微笑みながら、両手を広げて戦闘の意思がない事を示す。

それでもオクス達は一切の警戒を解かない。彼が、ハリストスという男が危険なのは少なからず理解している。

全能者、全属性掌握者ーーー……、どのように呼ばれようとも、スズカゼ・クレハを神にした張本人であり、嘗ては四天災者と渡り合ったという化け物(・・・)だ。


「そうですね、クロセールさん。貴方は気付いているのでは?」


「……貴様」


「そう睨まないでください。私は貴方達が望むようにしただけだ」


ハリストスの微笑みに孕まれる、悪意と善意。

彼はただ知っているだけだ。知っているからこそ、そうしただけだ。

スズカゼにとってオクス達は護る対象でありながら枷であるのだ、と。

あの場所に居れば互いに縛り続けるだけなのだ、と。


「後は彼等に任せましょう。我々は傍観者となるべきだ」


「傍観者? ただ見ていろと言うのか。彼女が、スズカゼが堕ちていく様を!!」


「堕ちるかどうかは彼女が決めることです」


拳撃と狩撃が、ハリストスを襲う。

オクスとフーの放った一撃は明確な殺意の元に眉間と首筋を狙った、が。

気付けば彼女達は地に伏し、両腕を鎖で縛られていた。


「繰り返しますが私は貴方達に危害を加えるつもりはない。傍観者であれ、というのは私自身に向けた言葉でもある」


「……解らないな、ハリストス・イコン。全能であるのならばその先を求める理由は何だ。知っているのであれば、成せるのであれば、求める理由などないだろう?」


「知っていて成せるのならば全ては不要だ、とでも? 夢と現実の違いなど今更語らせないでください」


クロセールは眉根を顰め、口端を結ぶ。

夢と現実の違いなど、誰しもが理解している事だ。

それでもなお思う。万物を解すその者が何を望むのか、と。

持たぬ物からすればそれはどうしようもない嫉妬であり、同時に、どうしようもない渇望なのだろう。


「……貴様は何を望む。貴様等ではない、貴様が、だ」


「私が望むのは終始変わりません。私がハリストス・イコンであり、全能者と呼ばれ、全属性掌握者と言われる前から、変わらない」


指先を合わせ、掌中の空を押し潰すように。

微笑ましく、ただ愛する物を覆うように。

慈愛のように、慈悲のように、慈護のように。

そのように、そのように、そのように。

そう、あれかし。


「有終の美を。ただ刹那の、美しさを」


微笑みにあるのは善意と悪意だった。

然れどそれらは別離しない。然れどそれらは違わない。

器の中に泥水と純水を混ぜたかのように、紅色と白色の絵の具を混ぜるように。

彼にとって善意と悪意に差はないのだろう。それらが混在できる、存在なのだろう。

全能者にして全属性掌握者は何処までも歪で、何処までも純粋なのだ。


「……狂者めが」


クロセールはただ、吐き捨てる。

一種の到達点であるというのなら、彼が人間の完成形の一つであるというのなら。

自分は必ずそれを否定する。決して認めはしない。

こんな、こんな存在が、全能者(・・・)などーーー……。


「狂っているのは世界だ」


静かに、瞳が開かれる。

微笑みの中に、泥粒が堕ちる。


「死を恐れ、畏怖し、憎悪する。一つの物語の終止符ピリオドを。その美しさを……」


全てを知り、全てを成せるその者が。

ただ欲し、ただ愛し、ただ求める。

全てより美しく全てより綺麗で全てより輝かしい、それを。


「さぁ、傍観者となりましょう。この狂った世界を、永劫という悍ましき物を望む愚者の終わりを」


永劫の友は。

唾棄し、嘲笑う。


「ただ、瞳に刻みましょう」



読んでいただきありがとうございました

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