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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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最悪の選択


「最悪の選択肢だ」


獣車に揺られながら、クロセールは眉間を抑え付け、琥珀の瞳を瞼で覆っていた。

彼だけではない。他の皆々もまた、陰鬱と言わざるを得ない程に、鬱蒼としていた。

当然だ。今、国々の均衡は崩壊しようとしている。

それを愚行と蔑むことは出来ない。ただ、言うなれば蛮勇、と。


「現状の戦力で連中と戦って何になる……。ただの自殺行為だ」


「然れど、このままではスノウフ、否、ツキガミの浸蝕を止められぬのもまた事実。一概に失策とは言えまい」


「しかし、ヴォーサゴ老。これは余りに……」


彼等の会話を遮ったのはチェキーとオクスだった。

彼女達の視線の先には複雑な表情のスズカゼが居る。

何も言えず、何も答えられず、ただ蹲ることしか出来ない、彼女が居る。


「……まずはシャガル王国でシャーク国王を説得することだ。クロセール、その件は貴様に任せたい」


「俺は構わない、が……」


問題は自分ではない。

無論、チェキーやレンでもないし、オクスとフーでもなく、ヴォーサゴやスーでもない。

スズカゼ・クレハ。この騒動の渦中に居る彼女が如何なる選択をするか。

それに、全てが掛かっているのだ。


「いや、その事に関してだがーーー……、ここから先はヴォーサゴ老とスー、そして私に一任して貰えないか」


「それは、どういう意味だ?」


「我々はサウズ王国に行く。そして、例の反抗組織と合流し、協力を仰ぐつもりだ」


彼女の言葉に少なからず驚愕を見せたのは、共に行動するはずのヴォーサゴとスーだった。

チェキーが急にそんな事を言い出したというのもあるが、何より彼女が自分から行動を起こすという事に驚いているのである。

最早、目的もない彼女が誰かのために動くなど、考えられなかったから。


「……いや」


違う。彼女は未だ、誰かのためになど動いていない。

強いて言うならば自分の為に、或いは未だその心に記す少女の為に。

これは当てつけだ、と。老父は確信する。

相手の心を読む魔法を使うまでもない。それは確信に有り余る、何処までも露骨な選択。


「チェキー・ゴルバクス。貴様はそれを選ぶのか」


老父の問いに彼女は答えない。

その代わりにレンへ声を掛け、獣車を停止させた。

自分達はここで降り、サウズ王国へ別の移動手段を確保して向かう、と。


「デ、でモ、ここからは結構な距離がありますヨ?」


「構わない。このまま奴と顔を合わせるよりずっとマシだ」


車淵に手を掛け、彼女は半面だけ振り返った。

未だ立ち上がることなく、その物は蹲っている。ただ己の無力を嘆くかのように。

何と情けないことだろう。あの青年が彼女のために残したのは、こんな物だったのか。

己の身体に幾千の刃を、精神に幾万の刃を突き立てられても耐え、歩んだ彼の残した物はーーー……。


「……気付け。然もなくば死ね」


彼女が飛び降りると共にスーが一礼し、その後を追う。

老父もまた杖を突きながら彼等に一瞥をくれ、何も言わずに獣車を降りた。

最早、彼等に多くを語るつもりなどないのだろう。いや、その必要が無いのだ。

託す物は全て彼が託した。シン・クラウンという、ただ愛に生きた青年が託した。

ならば我々の語らいは蛇足だろう、と。それ故に。


「……っ」


彼女も、スズカゼ・クレハもまたそれを理解しているのだろう。

自分には足りていない。いや、足りているのに、拒んでいる。

脚があって、目の前が見えていて、歩むだけの力が合ってーーー……。

それなのに未だ、歩もうとしない。その先にある光を、掴もうとしない。


「ヴォーサゴ老よ」


クロセールは獣車の窓際より顔を覗かせ、背を向ける老父へ言葉を掛ける。

相変わらずその老父は振り返ろうともしないが、ただ言葉だけの応答を返した。


「酷だ。これは余りに、酷だ」


「然れど乗り越えねば進めぬ。シン・クラウンが残した物を無駄にさせるな」


こつり、と。

老父の杖が地を突き、幕を引き下ろす。

そうして漸く、琥珀の瞳を持つ彼も理解した。

嗚呼、彼等は落胆しているのだろう、と。

落胆して納得し、再び確認したのだろう、と。


「神もまた人、か」


何と言う皮肉だろうか。

彼女が立ち上がらなければ力を手にすることなど無かった。

ただ自己満足の苦痛の中で、安寧という救いを手に入れていただろう。

シンは彼女に苦痛を与えたのだ。歩みという、何よりも尊く手に入れがたき、苦痛を。


「……レン、出てくれ」


彼女は耐えられるだろうか、この苦痛に。

彼女は乗り越えられるだろうか、この苦痛を。

神に成った、いいや、成り果ててしまった彼女は。


「最悪の選択、か」


自分は先程、その言葉をシャーク国王へと塗りつけた。

しかし、どうだ。見返してみれば、チェキーの当てつけを前にすれば、その選択肢を選んだのは他ならぬ自分ではないのか。

彼女へ苦痛を幾重にも重ねているのは、自分ではないのか。


「……ッ」


例え自分が覚悟を決めようと、弱者の決心を持とうとも。

彼女にそれが伝わる訳ではない。彼女がそれを得る訳ではない。

それが解りきっていようとも、自分は、何もーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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