誤解は解けず
【シーシャ国跡地】
《家屋の廃墟》
バンッ!!
「最悪だ……!」
デイジーは壁に拳を打ち付け、腐りきった木材を破壊する。
その衝突音と崩壊音を聞いたジェイドとファナは、酷く不快そうに歪めていた表情をさらに歪め、牙を剥き出しにする。
ただ一人、この空間でにこやかなサラですらも、その表情の何処かには焦りの色が合った。
「姫は攫われ……、こちらは迂闊には動けん」
「だからと言って、このまま、ここで寝泊まりでもするつもりか?」
「動けとでも言うか、ファナ。悪いが姫に危険がある以上、こちらは迂闊には動けないし、動かせない。彼女の安全が確保されるまで動く事は許さん」
「……放っておけば転がるのは屍。何らかの対策を打つべきだろう」
「その何らかが解らないから、こうして停留しているのだろうが」
ジェイドの隻眼光に対し、ファナは舌打ちを返す。
現に相手の潜入場所も解らず、スズカゼという人質を取られているのだ。
このままでは動くに動けないし、下手に動いてスズカゼを盾にされれば相手の思うつぼだ。
「お、お二人とも、まずは落ち着きましょう。仲間同士でいがみ合ってもどうにもなりません」
「デイジーの言う通りですわぁ。今は……、そうですわね、各自個別行動で戦闘厳禁。偵察のみを行うというのはどうでしょうか?」
「……ふむ、偵察のみ」
「相手の居場所が解らないのならば、まず調べれば良いのですわ。けれど、相手は見ての通り捕縛に長けた実力者。ジェイドさん以外は恐らく捕らえられてしまうでしょうから、速脱出すべきですわね」
「それで戦闘厳禁、と言う事か!」
「えぇ。それでスズカゼさんを盾に相手から来たとしても、それはそれで好都合ですわ。私が居ますもの」
「貴様は狙撃者だったな……。なるほど」
「……悪くない」
「時間は掛かりますけれど、今は確実性を取るべきですわ。もしスズカゼさんに何かあったら、ただ事ではありませんもの」
全員が首を縦に振り、賛成の意を示す。
サラの意見はこの場で取れる最善の策だ。
彼等が優先すべきはスズカゼの安全であり、次に盗賊団の殲滅である。
そう、これで間違いはない。
だが、もしも。
もしも彼等の内、誰かが気付いていれば。
何者かが彼等の会話を聞いていることに気付いていれば。
別の策も、浮かんだかも知れない。
【シーシャ国跡地】
《廃墟地下》
「だぁーかぁーら! 私は盗賊団じゃないんですって!!」
「そ、そうだったのデスか!?」
「騙されんな、ピクノ。愚かだぞ」
一方、こちらの牢獄内部では同じやり取りが繰り返されていた。
自らを盗賊団ではないと主張するスズカゼ。
だが、それを突っぱねるガグル。
そして彼等の言葉を信じては嘘と言われるアホの子、基、ピクノ。
こうなるのも当然と言えば当然だ。
ガグルはスズカゼを盗賊団だと信じて疑わないし、スズカゼにはこれだと胸を張れる分だけの証拠がない。胸もない。
口先だけで主張して飲み込むのはアホの子ぐらいの物で、とてもガグルを説得できる物ではないだろう。
「どうすれば信じるんですかー……、もー……」
「その発想が愚かァ! 敵の言葉を鵜呑みにするのはアホのする事だ」
「えっ、そうなデスのか!?」
「暫く黙ってろ、ピクノ」
「ひゃ、ひゃい……」
「第一、獣人の姫……、だったか? 彼女の事は我が国でも聞くほどの有名人だぞ? そんな人物の名前を語る事自体が愚か!」
「いや、本人なんだけど」
「獣人の姫は公明正大で美人で格好良いと聞いているデス!」
「私じゃないですか。ちょっと尾ひれ着いてるけど」
「ケッ! よく言うぜ」
「そしておっぱいが大きいそうデス!」
「私じゃないですか。紛うことなく」
「いや、それはないわ。愚かどうこう以前にそれはない」
会話のイタチごっこで、結局、決着が着くことはない。
そもそも一方的に疑われている時点で決着が着くはずがないのだ。
だが、この現状は非常にマズい。
最悪、双方が潰し合い切って、サウズ王国とスノウフ国との戦争の火種になれば笑い事では済まないだろう。
その為にもまずは誤解を解かなければならないが、この始末。
何とかジェイド達と合流できれば良いが、それもこの鎖があり見張りも居る状態では脱出すら出来ない。
かといってこのまま、ここに留まるわけにもいかない。
「……はぁ」
唯一の救いと言えば、彼等がここに固まって居てくれることだ。
自分が人質に取られている以上、彼等は無駄な戦闘を起こす理由がない。
あとは自分を盾にどうこうするかを思案するだけで良いのだから。
……よく戦争本だのファンタジーコミックでの戦争だのを目にしたが、権力を持つ者が人質に取られると、こうも戦況は簡単に引っ繰り返ってしまうのか。
全く、どうしてこうも厄介な事になってしまったのだろう。
りん
「……?」
それは鈴の音だった。
りん、と夏夜の風によく通る、澄み切った音は聞き覚えがある。
それがどうしてこの牢獄に響くのかは解らないが、目の前の二人はその音を聞くなり、出口があるであろう方向へと視線を向けた。
「……ピクノ、見張りを頼むぞ」
「了解デス!」
ガグルは先程とは様子を変え、牢屋からはギリギリ見えない、出口となる地上への階段を上がっていく。
彼の足音が消えるまでそう長くなかった事から、ここはそこまで深い場所ではないのだろう。
しかし、どうして彼は外に出て行ったのか?
先程の鈴の音が関係しているのならば、一体、何だったというのだろう。
何かの合図、だったのだろうか。
……いや、待て。何かを見落としている。
そうだ、そもそもどうして私はこんな所に連れてこられた?
ガグルとジェイドが戦闘していて、それを援護しようとしたときに煙幕を張られ、そして気絶させられてーーー……。
待て。煙幕を張り気絶させたのは誰だ?
もし煙幕を張った人物と気絶させた人物が同一人物だとすれば、それは目の前のピクノという事になる。
けれど、この少女は例え手を伸ばして飛び上がったとしても、自分の胸元に触れられるかどうかだ。
自分を気絶させた人物は、自分の首筋に手刀を叩き込んだ。
つまり、煙幕を張ったのがピクノだとすれば。
戦闘中だったガグルを除き、もう一人。
彼等の仲間が、もう一人居るはずだ。
「おい、きっちり歩け!」
そんなスズカゼの思考を押し潰すように、ガグルの罵声が鳴り響く。
階段を下りてくる足音は二つ分であり、同時に酷く乱暴な物にも聞こえる。
間もなく、彼女の前に現れたガグルが掴んでいたのは、一人の女性の腕だった。
「で、デイジーさん!?」
「スズカゼ殿……っ」
軽甲に数多の傷を作ったデイジーは、ガグルの手によってスズカゼと同じ牢獄へ放り込まれる。
ガグルはその牢獄の扉を閉めるなり、また急いで地上へと上がっていった。
彼がスズカゼと違ってデイジーに鎖を付けなかったのは、もう抵抗する分だけの体力がないと判断されたからだろうか。
「大丈夫ですか!?」
「申し訳ない……」
デイジーは動く事もままならないと言うのに、必死にスズカゼに頭を下げてくる。
そんな様子を、ピクノは何処か不安げに見詰めていた。
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