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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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神成す義務


【スノウフ国】

《大聖堂・大会議室》


「双方、失敗じゃとっ……!?」


オロチは円卓を弾くように立ち上がり、その両眼を見開いていた。

スズカゼ側はまだ誤算も有り得るだろうと踏んでいた。然れど、サウズ王国の反抗組織でさえも潰せなかったとはどういう事か。

報告を終えたヌエは弁解をするワケでもなく、ただ己の不始末を詫びるかのように頭を垂れるばかりだった。


「……何が、どうなっておる? ヌエ」


「はっ。サウズ王国の反抗組織ではニルヴァー・ベルグーンの妨害もあって失敗に終わりました。しかし戦力を立て直せば殲滅するのは不可能ではないかと」


「問題は殲滅が可能か否かではない。現状の戦力で殲滅が不可能だった、という事だ」


横槍を挟んだのはヴォルグ。

彼は手元の酒杯を傾け、何処か憤怒さえある眼光をヌエへと向ける。

僅かに震える彼女の肩に慈愛などくれてやるはずもなく、彼は口端から零すように言葉を紡いでいった。


「現状の戦力から考えて国際なんぞを垣間見る必要性はないのだ。大国の兵士が何だ? 元大国が何だ。潰せば良いだけだろう」


「酔い過ぎだ、ヴォルグ。貴様はその意味を理解しておるはずだが」


「呑まずには居れぬさ。何だ、今のザマは」


からん、と。

杯中の氷が揺らめき、僅かな露を落とす。

同時にオロチやヌエの頬へ伝わる僅かな痺れ。それが彼から放たれる雷撃の端くれだと気付くのに、そう時間は掛からなかった。


「我々は力を手に入れたはずだ。永劫を耐え続け、全ての目的を成したはずだ。たった一つの失策以外はな」


「だからこそ、だろう。我々は目的を成した後の世界を見ねばならぬ。蝕まれたこの世界を治癒させるには、それもまた等しく力が必要なのだ」


「人間共を支配するならば力でそうすれば良い。だろう?」


「貴様のやり方は全てを滅すと言っておるのだ!!」


「ならばそうすれば良い。人間を創造したのは神の失策だ」


狂怒の咆吼、破砕の轟音。

部屋の半分を覆い尽くそうかという円卓が空を舞い、悠々と座す男へ投げつけられた。

破砕音は大聖堂全体に響き渡り、別室に居た者達は慌てて様子を見に来る。

そうして瞳に映るのは、酒を片手に周囲へ灰燼を舞わす男と、今にも大地を砕かんばかりに怒る大男。

傍目に見てもそれが尋常でない事態であることは言うまでも無かった。


「我等が神を侮辱するか、酔いどれ」


「侮辱? いいや、違うな。これは理解だ。我は少なくとも貴様等より、気取った貴様なぞよりツキガミ様を理解しておる」


「何をーーー……!!」


「神は望んでなど居られぬのさ。こんな物をな」


それを貴様が述べるのか、と。

咆吼する事が出来れば、幾分楽であっただろう。

解っている。所詮、自分達が成して居る星の救済などは自己満足であると。

ただ神をこの世に降臨させ、星を救済するーーー……、己等の世界を創ることなど自己満足でしかないのだ、と。

然れど、それでも成さねばならぬ。成すべきなのだ。

永劫の悲願を成す事こそが存在理由であり、証明なのだから。


「ちょ、ちょっと! 何してるの!?」


彼等の間に割って入ったのはレヴィアだった。

彼女は慌てふためきながら双方に視線を行き来させ、どうすれば良いかも解らずただ怯えるばかり。

彼女は知らない。彼等が何を思い、何を悩むのか。

強者故に、天霊故に、忠臣故に、思うことを。


「……頭を冷やせ、ヴォルグ。我等が天命、成さぬ者は要らぬ」


「盲信する者も然りであろう。ツキガミ様があの全能者を[唯一の理解者]と称した意味を理解せよ」


「盲信する事こそが、我等の役目だろうが……!」


オロチが踵を返し、扉を開くこともなく、怒りをぶつけるように殴り飛ばして退出していく。

ただ喧騒、ただ焦燥。何人もがその騒ぎの中で、彼の怒りを否定する事は出来なかった。

感情の代弁者であるが故に怒り、感情の代弁者であるが故に無様であるべき男。

それを理解する者など、多くは居ないのだけれど。


「このまま放っておけば組織は空中分解しますよ」


褐色肌の少年が、空より零れ落ちる雪を指先に乗せ、溶かす。

彼の表情に焦りはない。あるのはただ、楽観。

これから先を知る者故に、安堵の笑みばかりが零れる。

己の隣に座すその物が何を成すか、と。それを思考するだけで、溢れてしまう。


「どうしますか? ツキガミ」


{……難儀な物だ。我という物を理解する者、信ずる者、皆が気高き故に擦れ違い、摩耗し、消えてゆく}


「それが人というものですよ。彼等は良くも悪くもこの世に留まりすぎた」


{我にはそれに応う義務がある……、と?}


「いいえ、義務や責任など、所詮それは人が決め、人が願うものです。神である貴方が従う必要はない」


ならば、と。

ツキガミは己の槍を手に、立ち上がる。

その姿は雄々しく、仰々しく、然れど寂々しく。


{従わぬ理由もまた、ない}


「えぇ、その通りです」


相変わらずこの神は、この世は、何処までも楽しませてくれる。

全能者もまた立ち上がる。如何なる変貌であろうとも知り得、楽観する者は。

弱々しく、敬々しく、然れど悦々しく。


{会合しよう。彼の者に}


「お付き合いしますよ、ツキガミ」


繰り返そう、彼等は立ち上がる。

己の組織が為、己に尽くす者達の為。

ただその絶対的な力をーーー……、振るう為に。



読んでいただきありがとうございました

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