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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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弱者が貫き通す物


一方的だった。

最早、三武陣(トライアーツ)魔老爵(アジェロン)邪木の種(ウィックド・カイン)も、皆がその光景を前に呆然とすることしか出来ない。

スズカゼ・クレハは強いはずだ。神と化した彼女に掛かればデュー・ラハンに負けるはずなどない。

然れど、然れどだ。デュー・ラハン、そしてダリオ・タンター。その二人は、冥霊(ハデスト)という組織は彼女にとって違いなく死の象徴(・・・・)である。

端的に言えば彼女の天敵なのだ。魔法や魔術の相性ではなく、戦法の相性ではなく、武器の相性でなく。

ただその根幹の物故に、彼女の護るという意味、故に。


「スズカっ……」


割り込もうとしたオクスの足下に放たれる、紅蓮の端くれ。

それはスズカゼの意思だった。近付くな、と。この場に来れば貴方も死んでしまう、と。


「だが、こんなのはっ……!!」


デューはスズカゼとの斬り合いで未だ魔法の一つさえ使っていない。

魔剣と大剣。その剣閃はどちらが疾いかは述べるまでもない、が。

それでもなお、デューの方が疾い。否、スズカゼが、遅い。


「ある意味では失望、ある意味では予想通り」


ヴォーサゴは、自身の頬に伝う汗を拭うこと無くそう述べた。

眼前で幾多の斬撃に四肢を斬り伏せられ、焔と共に蘇っては死すその者へ。

若しくは周囲で困惑し、絶望する者へと。


「神は万能じゃ。然れどあの小娘は神であれども神ではないとハリストスは言っておった。万能でないが故に、決して神ではない、と」


「……仲間という弱さ故に、ですか」


「その通りだ。あの小娘にとって仲間は弱点でしかない。儂であろうと貴様であろうと、他の者共であろうと。あの小娘に劣るのは必須だろうて」


スズカゼ・クレハは強い。そして、優しい。

仲間を護るという覚悟を持って、その理念の為に生きているから。

然れど、いや、それ故に、彼女は弱いのだ。

その仲間が弱点となるから。その理念が弱さとなるから。


「あの小娘が万能となる為には仲間を切り捨て、ただ孤独であるべきだ。その万物を焼す力を己の為に使い、その焔の真中に起ち、全てを焼き尽くしながら歩むべきだ」


「だが、そうすればスズカゼ・クレハはただの災害となる。全てを燃やし尽くすだけの、天災(・・)となる」


「そう、矛盾じゃ。あの小娘には矛盾がある。その矛盾こそが、あの小娘の弱点ーーー……」


魔剣の切っ先が、僅かにデューの鎧を擦る。

擦る程度しか、出来ない。その刃が鎧の中身を斬り裂くことはない。

直後、彼女の首筋から股座までを大剣が両断した。薄紅色の肉が露出するよりも前に、灰白色の骨片が抉れ出すよりも前に。

紅蓮の焔が全てを拭い切る。薄紅色も、灰白色も。

全部、全部、拭い切る。晒け出すことさえ、赦さないかのように。


「どうしろというのですか。彼女が護るべき物こそ弱点であり、彼女が生きる意味こそ弱点であるというのなら。……それは、もう」


世界が彼女を拒んでいるようではないか、と。

その言葉を否定する者は誰一人としていない。否定出来るはずなど、ない。

幾多の剣閃が吼える。幾多の剣閃が唸る。幾多の剣閃が叫ぶ。

ただ一人の、独りの女性を喰らうかのように、喰い殺すかのように。


「……拒まれ、傷付き続けても、あの小娘は未だ戦うのだろう。それが如何なる愚行であるかも、知らずに」


彼女の腕が、オクスの前に投げ出された。

それは何かを掴むように指先を震わせて、焔と共に消えていく。

彼女は口端を結んだ。三武陣(トライアーツ)として、ギルドの主力として名を馳せた自分でさえ、この戦場では力にならない。

彼等の剣戟の中へ拳一つさえ、差し込めない。


「……これで良いのかと思うのだが、どうだろう」


フーは臓腑に奔る激痛を抑えるように、そう吐き零した。

その眼が映すのは剣を振るう一人の女性。

自分達を護る盾のように、相手を斬り殺す剣のように。

ただ孤独に喚く、弱者のように。


「自分達は何も出来ない、と。ただその事実を受け止め認めるのは辛苦だろう。その拳を、鎌を、氷を。振るわず収め、彼女のためにと苦渋を飲み込むのも苦痛だろう」


それらに耐えることは誰にでも出来ることではない。

割り切りが必要なのだ。英雄譚のように全てを背負って戦える者などこの世には居ない。

御伽噺のように奇跡は起きないし、童話のように大円団にもならない。

生き残る為には割り切らねばならない。例えそれが辛苦であり苦痛であろうとも、割り切らねば生きていけない。


「だが、短い一生の中で、ただ耐え続けるのだけは……」


彼女は立ち上がる。

その大鎌を手に持ち、湧き上がる鮮血を吐き捨てて。

蹌踉めく脚のまま、立ち上がる。


「嫌だ」


と思うのだが、どうだろう。

そんな風に、いつも通りの口癖を付け足しながら。


「だが、フー。傷がっ……」


その言葉を否定したのは治癒魔法の反応だった。

忌々しく、或いは不快そうに眉根を顰めた一人の女性。

彼女がフーの臓腑に手を当て、魔法石の補助と共に傷を治癒させているのだ。

ただスズカゼを忌み、憎しみさえした彼女が。


「……チェキー」


「何を飲み込み、何を成すべきかなど、私には解らない。……だが、今はただ気に入らないと、それだけだ」


オクスは顎先を引き、瞼を閉じて微笑んだ。

辛さを、苦しさを、痛みを受け入れるのは、今までそうしてきた。

強者故に割り切り、切り捨て、歩んできた。

ただ強者故に、強者故に、強者故に。


「今は、弱者だ」


この場で何も出来ぬ自分達が強者なはずがない。

ならば、弱者であるのならば、それを理由とする必要はないだろう。

弱者の通り、耐えるのではなく、進むことさえも、赦される。


「……三武陣(トライアーツ)。三つの武を持って陣を成す」


誰一人として欠けては意味のない、陣。

然れど皆が欠けては陣たり得ない。武なくして、陣たり得るはずなどなく。


「行こう、フー、クロセール」


ただ弱者ならば、弱者だからこそ。

貫き通せる物が、あるのだから。



読んでいただきありがとうございました

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