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獣人の姫  作者: MTL2
滅国の跡
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小さな牢番人

【シーシャ国跡地】

《廃墟地下》


「……う」


スズカゼが目を覚ましたのは、薄暗く、冷たい地面の上でだった。

手足には錆びきった鎖が付けられており、自由は奪われている。

起き上がることすらも苦痛に思えてくるほど、彼女の全身の骨と筋肉、そして頭が悲鳴を上げていた。

嘗てもこの様な状況に陥った覚えがあるが、あれは真っ白なベッドの上だったのだから、今は状況が違いすぎる。

ここは寂れて、それこそ嘗てのゼル邸宅の牢獄のようにも感じられた。

違う点と言えばこの手足を縛る鎖と、自分を見張る人間が周囲に誰も居ないことだろうか。

この鎖も随分と寂れているし、本気を出せば千切れそうだが……。


「あ、起きたデスか!」


だが、彼女がいざやってやると息込んだ時に、丁度、一人の少女が牢獄のある室内へと入ってきた。

元気のある、溌剌とした活発な少女だ。

もしこんな場所でなければ、きっとスズカゼは頭を撫でてあげた事だろう。

だが、この場所に居ると言う事は、彼女は恐らく敵と言う事だ。

こんなに小さくて可愛らしい少女まで敵とは、幾ら何でもやるせない部分がある。


「フッフッフ。どうやらお前は連中の中心的人物のようデスね! 命令してたからすぐに解ったデスよ!!」


偉そうに喋る向日葵色のショートヘアで、褐色色の小麦肌を持つ少女。

口から垣間見える犬歯が特徴的で、非常に愛らしい。

獣車で彼女達を運んできたレンよりも身長は少しだけ大きいだろうか、それでも140センチほどしかないだろう。

そんな小さな身長にも関わらず、少女は牢獄の中で鎖に繋がれたスズカゼにを見下ろすような視線を向けていた。

尤も、実際は見上げている状態なのだが。


「……ここは何処? 貴女は誰?」


「ここはシーシャ国のある廃墟デス! 私はピクノ・キッカーというデス!!」


自慢げに述べた少女はえへんと言うかのように大きく胸を張った。

とは言え、その少女らしい外見からして無い物は無いので、スズカゼは張られた胸に妙な親近感を覚える。


「…………聞いといて何なんだけど、名乗って良いの?」


「ハッ! やってしまったデス!!」


この子からは何処かメタルに似た匂いがするような気がした。

そう、即ちアホの子である。


「ま、まぁ? 別に名前を名乗ってもどうにか出来る訳ではないデスし? 場所が解ったとして、貴女に何が出来る訳でもないデスからね!」


「いや、それは確かに……」


いや、待てよ。

こんなにアホの子……、基、純粋無垢な子供だ。

少しばかりなら嘘を言っても大丈夫かも知れない。


「……実は私は相手の名前を知ることによって、相手を吸い込めるんだよ?」


その嘘を述べたスズカゼの脳裏には、ある参考とした書物が浮かんでいた。

それは現世で有名な中国の伝奇小説、西遊記だ。

西遊記に出てくる金角大王という魔王が持つ、紅葫蘆は相手の名前を呼び、相手がそれに返事をすると吸い込んでしまうという物である。

ここまでは世間的にも知られていることで、スズカゼも編集者を目指す身なのだからこれぐらいの本は読んでいるのも当然だろう。

とは言え、これは何気ない、ただの嘘だ。

まさか、こんな荒唐無稽な嘘を信じるほどアホではーーー……。


「な、何デスとォ!?」


アホだった。


「あ、あぅ……! どうすべきデスか!? 名前を言ってしまったデス!!」


「え、いや……」


「助けてくださいデス! 私は美味しくないデス!!」


必死に懇願してくる少女、ピクノの瞳には薄らと涙すら浮かんでいる。

こんな邪気のない子供を騙すのは気が引けるが、そうでもしなければ脱出出来そうにない。

まさか、自分を捕らえたのがこの子だけという事もないだろう。

必ず仲間が居るだろうし、それでここから脱出したときに叫び声でも上げられよう物なら、決して無事に済むはずがない。

だから、心は痛みがこの子を騙して、どうにか穏便にーーー……。


「うぅ……、ダーテン様に追いつけず死ぬなんて嫌デス……。まだ死にたくないデス……。私は絶対に美味しくないデス……」


「……?」


今、彼女はダーテンと言った。

何処かで聞いたような、いや、聞いた事があるはずだ。

ダーテン、そうだ、ダーテン・クロイツだ。一体、何処でーーー……。


「……ねぇ、聞いて良い?」


「な、何デスか! 私は美味しくないデスよ!? 甘くないデス!!」


「た、食べないから色々と教えてくれるかな?」


ピクノはびくりと肩を震わせてから、不思議そうに首を傾げた。

彼女が何を考えているかは想像に難くないが、それでも今は情報が要る。

嘘でも何でも良い。如何なる手を使っても、今は現状を知ることが最優先だ。

もし私の予想が間違っていなければ、取り返しの付かないことにーーー……。


「それを教えるのは愚かだろう?」


だが、スズカゼの言葉を止め、ピクノの肩を再びビクッと震わせる声が、彼女の思案を中断させる。

黄土色の髪を掻き毟りながら、犬のように尖った牙を剥き出しにする男。

彼こそはスズカゼ達がシーシャ国に入った時、迎撃してきた人物だ。

この男がここに居ると言う事は、やはり自分は敵に捕らわれたという事だろう。


「……出ましたね、愚かさん」


「確かに良くその言葉を口にするが、俺にはガグル・ゴルバクスという名前があるんだぜ。愚かさんじゃねぇよ」


ガグルと名乗った男は不快そうに眉根を寄せながら口端を吊り上げ、そう吐き捨てた。

曲がった背筋やズボンのポケットに突っ込んだ手は彼の表情や口癖と同じく、ガグルのイメージを固定させるには充分だろう。

そして彼はそのイメージ通りに、眼球を剥き出しにするのかと思うほど瞼をかっ開いて、檻へと掴み掛かった。

その様子は正しく捕食者のようなそれに見えたが、スズカゼは怯えることなく彼を睨み返す。


「良い度胸だ。なァ、盗賊団風情がよォ?」


あぁ、やはりそうだ。

ダーテン・クロイツとは四天災者の一人で、確か[断罪者]と呼ばれていたはず。

彼等は北のスノウフ国からやってきた人達なのだろう。

つまり、私達は。

全く関係の無い者同士が、互いを盗賊団と勘違いしてぶつかり合っていたのである。


読んでいただきありがとうございました

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