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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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優しき炎


【大監獄周辺】


「それで、私達はこれからどうしますか」


荒野には十人の人影があった。

各自異形のような姿だが、その中心に立つ女性は余りに異端。

異形故にではない。姿形だけで言うのならば他の者共の方がそれ(・・)だろう。

だが、その者は、果てしなく、異端。

現世に降臨せし神故に、その者は。


「……取り敢えずここは離れるべきだのう。大監獄の看守長も押さえ込んでこそいるが、はて目覚められると厄介だ」


「私もヴォーサゴ老の意見に賛成だ。取り敢えず何処か拠点に入らなければ動く者も動けまい」


「シシッ、その通りだな。出来ればスノウフから離れた場所が良いが……」


各自、頭脳役となる三人がーーー……、ヴォーサゴ、クロセール、ムーがこれからの方針を決めようとしている中。

チェキーはその場で口端を肩袖で拭うように蹲っていた。

この場で彼女一人、スズカゼに協力する理由はない。いや、或いは刃を突き立てる理由すらある。

彼女が行動する理由は聖死の司書スレイデス・ライブリアン司書長ライブラーの仇討ちだ。

そして、その当の司書長ライブラーを殺したのは他ではない、スズカゼである。


「…………」


解っている。聖死の司書スレイデス・ライブリアンを潰したのが彼女の本意ではないことを。

しかし、それでも、自分は彼女を赦すことは出来ない。

今この場でも刃を突き立てたいと思っている。その身に突き立て、司書長ライブラーの墓石に捧げたいとすら。


「何を思っている、貴様は」


そんなチェキーに声を掛けたのはオクスだった。

義手の調整をしつつ、彼女はその者へと殺気を飛ばしている。

どうやら殺気の一つさえ隠せていないらしい。こんな事では、殺せる物も殺せない。

いや、元より殺せるはずなどないが。


「……別に」


「隠すな。これより我々は一心同体、旅路を共にする身だ。不満や不平があるなら先に述べておいた方が良い」


彼女はさらに深く顔を埋め込んだ。

言えるはずがない、これから行動を共にするからこそ。

どうしろと言うのだ。この先、彼女はツキガミを殺す、陳腐な言葉ではあるが世界の希望となるのだ。

それを殺したいと思っているなど、どうしてーーー……。


「……お前は、どう思う。仲間を裏切りたいと思ったことはあるか?」


「仲間を?」


「私がそう思っているとしたら……、どうする」


「……い、いや、別に? 良いんじゃないか」


はたと目を丸くするチェキーと、気まずそうに視線を逸らすオクス。

殺そうとしているとは言うが、実際オクスもそうだ。

クロセールが計画を変更して殺す必要がなくなったとは言え、オクスもフーも、或いは彼自身でさえ殺す気が失せた訳ではないのだ。


「私はスズカゼ・クレハに恩がある。だが、それと同じぐらい危険性も知っている。一度は彼女を止めようとして死にかけた事もあるしな」


「だ、だが、私は……」


「考えてみろ。私達に奴が殺せるか? いや、もうスズカゼを殺せるのは四天災者か、それに到る存在しか居ないだろう」


忌々しそうに、若しくは苦笑するようにオクスは口端を下げる。

彼女の言う通り、眼前の神が容易く殺せるとは思えない。

例え自分が数万、数億居たとして。ギルドでも有数の実力者であるオクスが数千人居るとして。

そうだとしても、今の彼女は、殺せない。


「殺せないんだ。殺したいだとか殺せるかだとか、そんなのじゃなくな……。だが、もし私達が彼女を殺したいと言えば彼女はきっとそれを受け入れるだろう。躊躇する刃を受け入れ、その上で慰めるように笑むだろう」


まるで慈愛の女神のように、と。

然れどその魂にあるのは慈愛などではない。

果たして憤怒や憎悪でもない。あるのは、ただ刃。

如何なる物であろうと縦横無尽の剣閃に斬り裂く、刃。


「奴は紅蓮の焔だ。その手に何も抱けず、その身に何も添えず……。それでも誰かを護ろうとして近付き、互いを燃やし尽くし、焦土で涙を流す」


敵も味方も関係無く。

ただ周囲の物全てを燃やし尽くす焔。

全てを護ろうとしても、己の刃で全てを焼き尽くしてしまう、焔。


「それを知った上でどうする? チェキー……、だったな」


「……私にはどうしようもない。焔は、斬れんだろう」


片手で右目を押すように、拭い去る。

殺意も憤怒も、あの女は全て燃やし尽くす。

焔は斬れない。だが、同時に全てを受け入れる。

受け入れたいのに燃やさなければならないなどーーー……、それは何と言う皮肉だろうか。


「まるで、生き地獄だ。優しければ優しいほどに、自分を傷付ける」


「……それすらも許容するつもりなのだろう、彼女は」


二人の視線の先で、スズカゼは揺らぐことなき双眸でヴォーサゴとクロセール、ムーの話を聞いていた。

純白と成り果てた髪を風に靡かせながら、何処までも真っ直ぐな瞳で。


「受け入れろとも、赦せとも言わん。だが、少しばかりは、彼女を信じても良いのではないか」


「……信じざるを得ないだろう、あんな物」


何も、責められない。

その瞳を前に責められるはずなどない。何処までも揺らがず、真っ直ぐで、儚き瞳を前に。

責められるはずなど、ありはしないーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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