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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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白き獣の回録

「我等が神、ツキガミよ。その身に宿りし……」


大聖堂の最奥、聖母像のある場所の最中。

青年は眉根を顰めつつ、辿々しい言葉で祈りを紡いでいく。

傍目に見ても何処か違和感を覚えるその光景を背に、彼は行儀悪く片足を投げ出して椅子へもたれ掛かっていた。

口端から白の煙を、吐き出して。


「どう? あの子は」


「この前声掛けたら殴られた。……フェベッツェには懐いてるようだがな」


ユキバへ声を掛けたのは衣で髪先までをも隠した一人の少女。

彼女は彼の隣に腰掛け、鬱陶しそうに白煙を払う。

そんな反応を見てか、ユキバは仕方無く銀色の皿へと灯火を躙り消した。


「で、貴方あの子に殴られてよく無事だったわね」


「こんな面倒臭ぇ座り方してんのは何でだと思ってんだ」


よくよく見れば、彼の投げ出された脚には包帯が巻かれている。

まぁ、みっともなく避けようとした挙げ句に転んで、と言ったところだろう。

全く持って無様この上ない話である。


「ざまぁねぇわね」


「クソアマテメェコノヤロウ」


「ま、実際のトコあの子がフェベッツェちゃんに懐いてくれて良かったわ。これで心残りなくこの国を去れる」


「……やっぱ去るのか」


「ま、私達の研究はツキガミについてだしね。と言うよりは私達をこの世界に送った連中について、と言うべきかしら」


「悪くないと思うがね、俺は」


「馬鹿言ってんじゃないわよ。こっちからすれば迷惑極まりないわ」


ユキバは己の頭髪をボサボサと掻き毟り、銀皿の上を転がる灰燼を瞳に映す。

彼がその当の連中と接触し、協力関係になるのはこれから数年の後の事であるがーーー……、それはまた、別の話だろう。


「……実際、心残りが無いと言えば嘘になるわ。最近ね、素質ある子が居たの」


「お前が気に入るほどの逸材か?」


「実力や魔力要素もそうだけど、何より性癖がね」


「お前この国に恩を仇で返すような真似すんなよ……。何爆弾残そうとしてんだ」


「失礼ね!? 愛の結晶よ!!」


「哀の欠障の間違いだろうが」


ぎゃあぎゃあと騒ぎ回る彼等を背に、獣人の青年は眉根を顰めて舌を打つ。

かれこれこんな景色を見て何年になるだろう。

自分は少年から青年となった。母親代わりであるフェベッツェでさえ妙齢となった。

だと言うのに二人は変わらない。


「…………」


青年、ダーテンが彼等と別れるのは数年後になる。

少女と男性は何かに気付いたらしく、フェベッツェと自分、そして先代教皇の墓にだけ挨拶をして去って行った。

フェベッツェはお別れの祝杯さえ挙げられないのはと残念がっていたのは、今でも覚えている。

尤もそれ以上にーーー……、彼等の何処か切迫した表情と、何処か悦んですらいるユキバの表情が、記憶に残っているけれど。


「僕が聖堂騎士団長に?」


それから数年後、何人かの友が出来、この国に馴染み始めた頃。

聖堂騎士団の中でも群を抜いた実力を持っていた彼はその地位に任命されることとなる。

他の者達は誰も異議を唱えず、それどころか祝砲のやり過ぎで民々から怒られる始末であった。

これは他の国々にも伝わることになる。北に新たな聖堂騎士団長あり、と。

別にそれ自体は大した事ではなかった。他の国々も四国大戦の戦況に変化が出るだろうかと然程懸念するほどでしかなかったのだ。

ただ未だ彼が精霊という存在に触れていなかったために。


「……暗殺者、かい?」


彼が聖堂騎士団長に任命されてから数年後、フェベッツェの元に暗殺者が現れる。

隻眼にして黄金の眼を持つ黒豹、[闇月]と呼ばれていた、名うての暗殺者だった。

真正面から戦えばダーテンの腕力で容易く捻り伏せられただろう。その頃には既に北国に優しき破壊神ありと恐れられていたのだから。

然れどその黒豹は狡猾であり、決して真正面から戦いを挑もうとはしなかった。

彼は戦人ではなく、暗殺者なのだから。


「ッ……!!」


剣閃が闇を裂き、激昂が如く彼の物に襲い来る。

端的に言ってしまえば非常に相性が悪かった。暗殺者としては全盛期の最中に会った[闇月]と四天災者として畏怖されつつあるとは言え未だ目覚めぬ獣では。

故に勝負は決し、闇夜の月が死を照らし出そうかという、その刹那。

闇月の刃は、止まった。


「…………ッ!!」


苦し紛れの策であったのだろう。

ダーテンがその手に持つのは魔法石の指輪。下級兵士が持つような、ただこの場では注意を逸らせられれば奇跡と言う程の下級妖精召喚の為の指輪。

彼もまたその為に指輪を使った。ただ、一つ誤算があるとすれば。

その妖精召喚の反動がダーテンには毛先ほどの被害も無く、そして召喚された妖精が通常の数万倍はあろうかという巨大さを誇っていたことだが。


「…………」


闇月は有無を言わずに撤退した。

殺そうと思えば殺せたかも知れない。あと一歩で奴と教皇の首を取れたかも知れない。

しかしあの男には何処か奇妙な物があった。優しさの中に隠れた狂気とでも称そうか。

それ程に不気味な何かが、奴の中にーーー……。


「……ダーテン・クロイツ、か」


彼とジェイドの再開はこれから数日後となる。

戦場や聖堂といった厳粛な場ではなく、ただの酒場という何とも間抜けな再開だがーーー……。

これが、四天災者[断罪]の誕生に繋がろうとは、誰一人として思わなかっただろう。



読んでいただきありがとうございました

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