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獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
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鎖の中の獣

生まれついての孤児だった。

自分を拾った人物は仮にも善人とは言えない男で。

薄らとある記憶では自分を道具とするために育てていたと言っていた。

尤も、その男は自分が二歳か三歳の頃には貧困街の奥地で勝手に死んだのだが。


「…………」


そこからは多くの大人の元を点々と歩いて行く日々。

子供ながらに力が強かったし、そこそこ食い扶持を稼ぐことは出来た。

協会前で死んだふりをすれば一日ぐらいは凌ぐことも出来たしーーー……、自分がシロクマの獣人ということもあって寒さに強かったのが功を奏した事もあったのだろう。


「……チッ」


そうして、生きていくはずだった。

異変を感じたのは七歳か八歳の頃。大人から頼まれた、大してお金も貰えない仕事の時。

大人の注意を引けばそれで良いと言われただけだった。だから後ろからぶつかる、だけだった。

その直後、大人はーーー……、拉げて死んでいた。


「……力が、ある」


異変は収まることなく、次第に大きく。

煉瓦に指先を触れれば容易く砕けた。人に手を乗せれば柔く潰れた。戦人でさえも掴めば脆く千切れ去った。

その程度でしかない。高が、その程度。


「人間には、ない」


自分は獣人だ。時に差別されることさえあった。

しかしどうだろう。実際のところ人間は容易く柔く脆い。

この程度だ。連中が自分を恐れているのは力があるから。

だから集団で差別することによって排他しようとしている。

高が、それだけの事だ。


「そう思ってんだろ? クソガキ」


路地裏の雪面に伏す獣人の子供。

その眼前に構えるのは銃を持つ一人の男と、幾多の魔方陣を構える一人の少女。

ユキバと少女による拘束は例え超常的な力を持つ少年であろうと拘束できた。

ただ筋力を使うだけだったから、と条件は付くが。


「おいチビガキ、絶対結界と拘束解くなよ? 俺死ぬから。ホント死ぬから」


「貴方ご自慢の麻酔銃があるじゃない」


「もう撃ってるよ。一発でロドリス地方に生息する化け物、ウルティオスさえ気絶させるヤツを四発ぐらいな」


この場に居るのは獣人の少年含め、ユキバと少女のみ。

奥深くの路地裏に他の人物の姿はない。フェベッツェの姿さえも、だ。


「さっさと縛り上げて海にでも放り込んじまうか。やっぱりコイツは規格外過ぎる」


「……いえ、ちょっと待って」


少女の操る魔方陣から放出される鎖。

それは少年の爪先から首根までを隙間無く埋め尽くし、拘束する。

魔力で構成された鎖はただの筋力だけでは引き千切れない。少なくとも、常人には。

故に一本あれば充分だが、少女は獣人の少年に対し拘束出来るだけの本数で拘束した。

数本程度では、引き千切られると確信したために。


「おい、そこまで縛らなくても……」


「……やっぱり、殺すのは待ちましょう」


「正気かよ、オイ。ハッキリ言ってこの餓鬼ァ異常だぞ? お前の拘束を千切るだけの力があり、獣人さえも超える異常な身体能力を持ってる。こんなのが成長した暁には化け物どころの話じゃねぇぜ」


「けどまともな論理感を仕込めれば……」


「お前が仕込むっていうと何か色々怖いんだけど」


拘束は魔方陣から隔離され、少年は雪地の上へと放り出された。

鎖で全身を巻き付けられた姿は少し間抜けに見えるが、中身は猛獣だ。

迂闊に触れればただでは済まない。それこそ、片腕が飛ぶ程度なら幸いと言えるぐらいには。


「んじゃ、コイツをどうするつもりだよ」


「フェベッツェちゃんに預けてみるわ。彼女ならまともな倫理観の塊だし」


「いや、それはどうかと思うけどね? ありゃ善意なる悪意の塊だぜ」


よく言うわと首を傾げながら、少女はユキバの背に少年を放り投げた。

ユキバはその少年を受け取るが、見た目と反して中々に重い。

筋力や臓腑の密度が高いのかと考察するよりも前に、ユキバは己の尻を蹴り飛ばす脚で無理矢理前へと歩かされる。

結局、彼等は誰に知られるともなくスノウフ国の一組織を潰した少年を捕縛し、その身を教皇へ預けることととなった。

然れどこれは切っ掛けに過ぎない。

そこから、四天災者[断罪]が生まれるに到る、切っ掛けにしかーーー……。


「では、その少年を引き取るのですか?」


時と場所は変わってスノウフ国本土の大聖堂。

そこの一室にて、純白の老婆が美麗なる女性と言葉を交わしていた。

老婆は己の手元にある果実を指で撫で、美麗なる女性はそれと同じ果実の皮を剥いていた。

彼女等の間に喧騒はない。ただ静かに、海底へ沈むが如く。


「はい、そのつもりです。先代様」


「あの子の瞳を見ました……。あれは、修羅の瞳です」


「だからこそ慈愛を持たせたい。あの子の修羅を解き、慈愛に生きて欲しいのです。……だから、彼には十字クロイツの名前を与えます」


「そう……。貴方が望むのなら、それも良いのかも知れません」


老婆の指先から果実が零れ落ち、白き布地の上を転がっていく。

そんな果実を拾い上げ、フェベッツェは再び老婆の手元へと戻した。

例えそれが何度目の行為であろうと、厭わずに。


「……手間を掛けますね、フェベッツェ」


「いいえ、先代様。……あぁ、そうだ。そう言えばユキバが何だか面白い魔法を発明したと言っていたんです。私達の姿を絵のように残す、と」


「まぁ、聞いた事がない魔法ですね」


「思い出として、残してみませんか? 私達の姿を」


「……えぇ、この老いぼれの姿で良ければ」


しゃりしゃりと小刻み良い音だけが零れていく。

ただ静寂の一室に響くのは、その音だけーーー……。



読んでいただきありがとうございました

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