木の根を操る男
「実力差は圧倒的! 絶対的! 完全的ィ!!」
木の根に覆われ、完全にそれの塊と化してしまったジェイド。
何も出来ず呆然と立ち尽くすスズカゼ達。
空虚な滅国跡地に響く男の自慢述べ口上。
「愚か愚か愚か……。所詮はこの程度!」
男は左手をビシッと伸ばし、スズカゼへと指先を向ける。
確かにこの男はジェイドを一撃の下に封じた。
スズカゼ達の中でも主戦力級の人物が一撃の下に、だ。
「……ッ」
戦うのが得策でない事ぐらい、彼女達にも解る。
敵が彼一人とは限らないのだから、今すぐ姿を隠して彼と他の敵に注意を払うべきだろう。
そう、ジェイドを見捨てて。
「魔術大砲をここから放てば、奴程度、殺せる。恐らくジェイドを縛ったのは奴の使霊だ。地面に潜り相手を捕縛する精霊は見た事がある」
「……駄目ですよ、ファナさん。許しません」
「……使霊が何処に潜んでいるか解らない以上、ここも射程距離内だとしてもおかしくはない。それは他に奴の仲間が居たとしても言える事だ」
「それでも駄目です。ジェイドさんはーーー……」
彼女の言葉の終わりを待たず、木の根が爆散する。
爆音と共にそれは爆ぜ飛び、周囲に木片が散乱した。
乾ききった散乱音と共に金属音が鳴り響き、土煙の中からは黄金の隻眼光が覗き出る。
「この程度でやられるほど、弱くない」
斬撃は土煙を舐めるように滑り、男の首筋を狙う。
男はハッと笑い捨てるように息を吐き、信じられないほど体を仰け反らせてみせる。
ジェイドの放った斬撃は彼の鼻先を掠め、土煙に一閃の白銀を刻む。
「……ふゥん」
男が見たのはジェイドの斬撃ではない。
彼の周囲に舞う黄土色の煙に混じった芥子色の、木片だ。
それらの、ジェイドを縛っていた木の根の木片は、刀剣で斬られたと言うよりも、無理やり引き千切ったような、そんな傷痕だ。
「逃がさん」
ジェイドは斬撃を振り切った手ではない、左腕で男の脇腹に爪を食い込ませる。
そのまま引き千切るか、それとも投げ飛ばすか。
否、双方どちらにしても彼が次の行動を起こすことは出来ない。
「むッ……!」
彼の左腕は地面から生えた木の根によって押さえられていた。
縛り付けられ、一切の行動が封じられて。
男はその隙に優々とジェイドの攻撃範囲から脱したのである。
「鬱陶しい」
だが。
男を追う彼の左腕は、自らを縛る木の根を一瞬で引き千切る。
斬撃で斬るのでもなく、どうにかして抜け出すのでもなく。
その人体を封じる程の強度を持つ木の根を引き千切ったのだ。
「パワルの宝石かァ。道理で獣人すらも逸した力を出す訳だ」
ジェイドが男の召喚した使霊による、木の根の束縛から抜け出したのはパワルの宝石による身体の強化による物だ。
男はそれを確かめるために、態と隙を作って実験したのである。
「ふゥん。愚か、って程じゃねぇが、流石は流石。何処から奪ったモンだ? それ」
「奪ってなどいない。借り続けているだけだ」
「一緒だろ?」
「違うな」
男はジェイドとは全く違う方向に手を振り払う。
それと同時に地面より巨大な木の根が出現し、男の姿を完全に覆い隠した。
それも、ただの根っこではない。
大樹の表面のように、幾重にも何重にも重なった皮だ。
強度が鉄に遙かに劣る紙でも幾千と重ねれば強度を得るのだ。
だが、それはあくまで強度だけの問題であり、材質免状の変化はない。
鉄は火花では燃えないが、紙が燃えるように。
幾重にも何重にも樹皮を重ね合わせようとも、それは防げない。
「おゥっ!?」
その樹皮を易々と食い千切り、魔術大砲は男の脇腹を掠め放たれる。
高熱源のそれは可燃性である木材を簡単に燃やし尽くしたのだ。
「外した。追撃する」
「デイジーさんとファナさんは周囲の警戒をお願いします! 私もジェイドさんの援護に向かいますので!!」
「了解!」
「解りましたわぁ」
各自、ファナの一撃を合図に散開し、周囲へと回り込む。
スズカゼはジェイドの援護を。
ファナはジェイドとスズカゼの援護を。
デイジーとサラはファナを周囲から護衛する為に。
彼等はそれぞれ動き始める。
「遂に全員が動き始めたか」
男は口端を吊り上げ、目元を醜く歪ませる。
それこそ小首を傾げて破顔するように、だ。
彼は指先を別々の生物であるかのように蠢かせ、両手を大きく後方へと引き下げた。
「だ、が! それこそが愚かなんだよなァ」
ジェイドの元へ駆けるスズカゼの足下に転がってきたのは、一個の球体だった。
球体と言っても現世で言う野球ボールや泥団子のような物ではなくて。
歴とした生物の、目玉が本体のようなそれだった。
「……何これ」
その目はスズカゼを見上げるなり、白い煙を吹き出した。
現世で言うような煙幕弾が如く、周囲を白煙の渦に沈めていくのだ。
その球体の側に居たスズカゼは勿論、数メートル以上離れていたジェイドも、ファナやデイジーとサラまでも、そして男までもを。
滅国の一角を埋め尽くし、白で塗り潰す。
「何っ……!?」
彼女の言葉が言い終わる事はなかった。
疑問の声を口に出すと同時に、首裏へと激しい激痛が襲い来て、意識が朦朧としていく。
どうにか耐えようと歯を食いしばったが、それすら許さないと言わんばかりに、腹部へと小さな衝撃が与えられた。
拳による一撃と言うよりは、小さな子供が全身でぶつかってきたような感触だ。
だが、それは彼女の意識を完全に落とすには充分な衝撃で。
「ーーーーー…………っ」
スズカゼは気絶する。
全ての体を白に沈めて、全ての意識を黒に沈めて。
彼女は、その場から姿を消した。
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