表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
獣人の姫  作者: MTL2
白の世界
685/876

雪降る国

【スノウフ国】

《大聖堂》


「…………」


彼女は御神体を前に、膝を突いて祈っていた。

現世に現れたツキガミとは似ても似つかぬ聖母の姿。

彼女が抱き抱えるのは魂を司る柔布に抱かれた赤子、浮かべる表情は微笑み。

正しく聖母と称すに相応しい、神々しきーーー……。


「熱心ですね」


彼女の背後に立つのは一人の男。

一切変わらぬ笑みの仮面を貼り付けたままの、男。


「…………」


「せめて返事をしていただけると嬉しいのですが。私のようなはぐれ者(・・・・)は寂しくて仕方ない」


「……それを望んだのは貴方でしょ。バルド・ローゼフォン」


彼は頬端一つ、眉根一毛さえ動かさない。

ただ、そうですね、と。変わらぬ調子の言葉のままそう述べる。

この男にとって裏切りも、親しき者の死も、壊れていく世界も、何も変わらないのだろう。

そう思えば思うほど、彼女の、ラッカルの心は波立っていく。

殺意という、波に。


「やめてくださいよ。貴方と戦って生き残る自信はないので」


「……見透かしたつもり?」


「えぇ、無粋ながら。割とそういう術には長けていると自負しています」


ラッカルは露骨に眉根を顰めながら、踵を返して去って行く。

彼女のそんな背中をバルドは追おうとしない。いや、追っても意味が無いことをしっている。

所詮、ツキガミ率いるこの組織は今スノウフ国に寄生しているようなものだ。

個々の戦力で見れば大国一つ程度は遙かに凌駕していると言っても良い。然れど、それは所詮少数精鋭だ。

組織力という点で見れば少々難があると言わざるを得なかろう。


「と言うわけで多少の交流は持っておきたいのですが……」


どうにも、そうはいかないらしい。

今、スノウフ国聖堂騎士団、延いては[精霊の巫女]ラッカル・キルラルナがこちらに付いているのは四天災者[断罪]ことダーテン・クロイツの意思を尊重しているからである。

正直な話、彼女一人が離反したところで大した痛手ではないのだがーーー……、それでも、彼女の重厚な信頼を失うというのは、やはり組織としてみればかなりの痛手となってしまう。


「……厄介だねぇ」


ダーテン・クロイツは最早傀儡だ。

彼の願いである死者の蘇生はツキガミならば可能だろう。

それを知っているから彼もまた、こちらへの協力を惜しまない。

だが、ラッカル・キルラルナはどうだ? 彼女は切り捨てる強さを持っている。

ならばこれ以上を望まず離反する可能性さえあるだろう。

謂わば時限爆弾だ。手を出せば爆発するし、手を出さなくても爆発する爆弾。

尤も、その余りに静かな爆発は直接的ではなく、毒のようにじわりじわりと周囲へ影響を及ぼすのだが。


「どうにかした方が、良いかな……」



《大聖堂通り》


「……っ」


彼女は自身の口元を防寒布で覆い隠した。

スノウフ国、自分が生まれ育った国。全てを尽くすと決めた国。

その国も今は嘗てより活気が溢れてるし、人々も豊かになった。

けれどそれは傍目に見れば、であり、実際は違う。

人々の笑顔に中身は無くて、人々の微笑みに声はない。

何処までも虚ろな、虚空の世界。


「……あっ」


「ピクノちゃん」


そこに居たのは花束を手にした一人の少女だった。

一年前よりほんの少しだけ背の伸びた、少女。

皆のように微笑みは浮かべず、物悲しそうに健気な苦笑を浮かべる、少女。


「お墓参り?」


「はい、キサラギとガグルの……。命日は忙しくて行けなかったデスから」


ラッカルは彼女の小さな歩幅に合わせ、未だ降り積もる新雪を踏み潰す。

くしゃりと柔く、そして脆く潰れる感触が足下から伝わってきた。

その感触が嫌で彼女は思わず足を踏み払った。

何かを踏み潰してしまうという感触が、嫌で。


「ラッカルさん?」


「……あ、ううん、何でもないの。それよりあの馬鹿共も不幸者よねー。こんな可愛い子の花嫁姿見ずに逝くんだから」


「は、花嫁って……、相手は誰なんデスか?」


「え? 私だけど」


「だと思ったデス……」


二人は慰めるように笑い合う。

いつもならここでガグルが呆れて、キサラギがぼそりと呟いて。

そんな日々が、当たり前だったのに。いつも、そうだったのに。


「……何で、こんな事になっちゃったんデスかね」


ふと、ピクノはそう零した。

ただ幸せでありたかった。多くを望んだ訳ではなく、ただ幸せで居たかった。

皆が笑えて、皆が楽しく過ごせる日々。そんな幸せだけが、欲しかった。

それなのに皆は死んでしまって、この国も変わってしまって。

ただただどうしようもなく、世界は虚ろになっていって。


「皆が居てくれれば、それで良かったのにっ……」


ぽろぽろと円らな瞳から零れる涙。

ラッカルはただ彼女を抱き寄せ、その胸に包むことしか出来なかった。

無力だ。一年前の戦争の時も、今も。

女の子一人の涙さえ止められない。その根幹さえ潰せない。

何が精霊の巫女、何が聖堂騎士団副団長。こんな、こんな事も出来ないのに。

ただ、これだけの事さえも、出来ないのにーーー……。


「……っ」


深々と、雪は降り積もる。

ピクノの持つ花束に、ラッカルの髪先に。

その無力な者共を嘲笑うが如く、ただ、深々と。



読んでいただきありがとうございました

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ